トリガー直接知財 取引ゲーム

まずおさえておくべき基本は、受信者は価値の高い情報を手に入れたいと考え、発信者は自分の持っている情報を高く売りつけたいと考えているということだ。しかし受信者は発信者の持っている情報の中身が分からないためにどれだけの対価をつけていいかが分からず、発信者は自分の持っている情報に受信者がどれだけの価値を見出すかが分からない。
さらに受信された情報もそれが受信者の実際の行動を引き起こすまで受信者自身も価値を理解できないかもしれない。結局、行動を引き起こさない可能性もある。そして受信者が理解した情報の価値を発信者は知ることはできない。
 また情報が取引された時点で、発信者はその情報の受信者に対する実効支配を失う。もちろん発信者はその情報を所有したままなので別の受信者に売りつけることもできるのだが、最初の受信者はもはやその情報を所有しているため、同じ情報を二度売りすることはできない。
このように情報の取引は明らかに受信者に有利なゲームなのだ。
しかし発信者はこのゲームでひとつだけ完璧な強さを持っている能力を有している。それは情報を発信しないという自由だ。これはゲームの成立自体を左右させる能力だ。そのため受信者はさまざまな手段を駆使することで発信者を有利にしてゲームを成立させる努力をしなければならない。ゲーム理論の面白いところは、しばしば力の弱いプレーヤーこそがゲームを支配する能力を持っていることだ。


この取引ゲームはもちろん通常の物質である商品の場合にも行われてきた。
しかし物質の場合は、その物質の実行支配力を持つ主体は常にひとつしかありえない。売主は商品を買主の手元に引き渡した時点で実効支配を失う。そして取引の内容に不備が現れた場合には、法的手段などを駆使して商品の実効支配を取り戻すことができる。
また買主はどうしても商品を手に入れたい場合には強制力でもって商品の実効支配を獲得することができる。つまり強奪することができるのである。
強奪にはさまざまなシチュエーションがある。
一つ目は文字通り強奪することだ。こっそり盗み出したり、武力でもって強奪したりと、売主がどれだけ頑張っても対抗できない力を持っていれば可能である。
二つ目は法的手段に訴えることである。対価を支払っているにもかかわらず売主が商品を引き渡さない場合、裁判所などに訴えて商品の引渡しを強制することができる。
この強奪は売主と買主の立場を入れ替えても成立する。売主は暴力でもって商品を奪い返すこともできるし、法的手段でもって商品を取り戻すこともできる。
そしてこの商品取引を円滑に行うシステムが法律と契約である。取引の事前に(もしくは同時に)契約を結び、取引に不備があった場合には法律に基き取引を無効にすることができる。双方の主張に矛盾があった場合は裁判などの調停が行われることになるが、商品の実物はその際の有力な物的証拠となる。
このシステムの存在により、主体は不安を抱かずに取引が可能になり、社会全体の取引量は増大する。もしもこのシステムが存在しなければ取引は停滞し、社会の効用は減少していくことだろう。


これら物質である商品向けの法律や契約が情報に関しては適用が非常に難しくなる。
まず情報の強奪が非常に難しい。発信者から情報を強奪しようとしても、発信者がその情報を持っていないと主張すれば、それに反論することは難しい。しかも本当に持っていないことだってある。そしてたとえ発信者を身動きできない状態に拘束しても、その情報を発信するかどうかは発信者の意思によるのだ。
受信者から情報を強奪することはさらに難しい。情報は痕跡を残さず複製することが可能であり、受信者が法律等に強制されて受信者の所有する情報を消去したと主張しても、それが事実かどうかはほとんど検証不可能だ。
また取引に不備があり取引を無効にしたいと考えた場合も、情報を強奪できないために対価の取引を無効にできても情報の取引は無効にできない。さらに調停を行う場合にも物的証拠が少ないために困難が生じる。


こういったシステムの不備により、情報の取引主体はそれぞれ自助努力をして取引を成立させようとする。しかし、個々の主体が自助努力を行うと市場の失敗が生じてくる。次回は自助努力の内容と市場の失敗の検証をする。