トリガー直接知財 取引ゲーム その2



まず最初は一回きりのゲームを見てみよう。この場合、双方とも取引においてできるだけ自分の取り分を増やそうと努力する。そのために少しでも利益が上がるのならばゲームが成立するように行動するだろう。


情報の価値を最も強く認識しているのは多くの場合が受信者で、その受信者は情報の取引を成立させたいと強く願っている。
逆に発信者は自分の所有している情報がどれだけの価値を持っているかを知らない。そしてその多くの場合は他人には無価値な情報だ。発信者は所有する情報を売りつけることができるならばありがたいと考えているが、それがかなり成功率の低い賭けであることを知っている。だから発信者は自ら受信者に売り込むことはめったにしない。
そして既に述べたようにこのゲームでは発信者は対価を得ることが非常に難しいため、発信者は取引の事前にコストを負担することを回避しようとする。受信者は逆に自らが能動的に動いて、つまりは取引の事前コストを負担して情報取引を成立させようとする。
マスコミやインターネットに慣れ親しんだ我々は、つい発信者が積極的に情報を発信することが情報取引の基本形態だと考えてしまうが、本当は受信者が積極的に受信することが情報取引の基本である。


とりあえず情報取引の例を見てみよう。
・発信者の意図しない発信を利用する。
発信者はこういった情報の発信を完全に遮断することはできない(発信していることに気づいていない場合さえあるだろう)。しかしこの状況の利用のためには受信者に高度な知識と注意力が要求される。逆に言うと、受信者は注意力という(金銭的ではない)コストを支払う必要がある。
・受信者が取引の事前コストを負担する。
営業マンの行動を思い浮かべて欲しいが、彼らは自らの意思と費用で顧客に接触し、顧客から情報を引き出している。発信者は事務所に座ったまま、わずかな時間を費やすことで情報の発信を行うことができる。発信者はわざわざ商談のためにサプライヤーを訪問する必要はなくなる。
逆に消費者が百貨店を訪れて、どのような商品が販売されているかという情報を求めることもある。この場合はバイヤー側が情報の受信者になるのである。
・情報取引による利益を共有する。
上記の商行為の場合が分かりやすいが、双方にとって情報取引の利益は商品の取引によって実現できるというように、別の取引と情報取引をリンクさせる。通常の取引が社会システムで担保されていることにより、情報取引の対価の支払いが担保できるようになる。
・受信者とは別の主体から対価が支払われるようにする。
公的機関にジャーナリズムが取材する場面がこれにあたる。公的機関の担当者は仕事を中断して取材に応じるのだが、その対価は取材者から支払われるわけではない。担当者に取材に応じることを命令する公的機関は税金で運営されており、その税金は情報公開することを条件にして収集されている。受信者とは別の主体から対価が支払われるために、発信者は受信者の対価支払いの誠実さを気にすることなしに情報取引を行うことができる。
・情報を発信すること自体が発信者の利益になるようにする。
公的機関と違って、私人や私企業が取材に応じる義務は存在しない。しかし多くの私人が取材に応じているのはなぜだろうか。それは情報発信そのものが利益となるからだ。
ジャーナリズムに記事が載ることは、ジャーナリズムを広告媒体に使用することと同じ意味を持っている。広告内容をコントロールすることはできないが、雑誌のカラーページなら1ページ数十万円の広告費をタダで利用できることは発信者に大きなメリットがある。制作協力費といった怪しげな名目で発信者がさらにジャーナリズムに現金を支払う場合さえある。
また、個人にとっても不名誉な記事でない限り、新聞・雑誌等に登場することは名誉となる*1。ただし実際の記事は全然満足できない内容になっていることも多い。また、あまりいい取材方法とは言えないが、つきまとわれることにうんざりした発信者が、取材に応じることで今後もつきまとわれるという不利益を回避することもある。
ただし私企業がスキャンダル記事などの取材に応じることもこの法則の応用ではある。企業と言えども一枚岩ではなく、内部にさまざまな個人がおり、その個人が私的満足を満たすため*2に取材に応じるという仕組みだ。もちろんそこでは意図しない発信も大いに活用される。
・大量の情報を発信することで事前に受信者から対価を得る。
マスコミのとっている手法がこれである。受信者がどのような情報を欲しているのか分からないのならば、数打ちゃ当たる方式で大量の情報を発信することで受信者が利益を得る蓋然性を高めればいいのだ。受信者も利益が得られる可能性が高いのであれば、実際の情報を手にする前に対価を支払うことに同意できる。そして大量の情報を発信することは物的証拠が残りやすいため、発信者が対価だけ取ってしらばっくれることを困難にするという取引の実現性にも寄与している。
また大量の情報があるので、対価の取引の前に少量の情報のサンプルを提供できる*3。これは後に述べる繰り返しゲームの簡易版である。


こうして情報取引の例を概観してみると、対価として直接現金をやり取りする場面が非常に少ないことに気がつく。
受信者は事前に情報の価値を判断できないために現金で対価を支払うことをためらう。これは典型的なレモン市場*4であるため、情報に現金を支払っていると情報の質が低下していくことになる。そのため、発信者がより質の高い情報を発信すれば、より大きな利益を得ることができるようなシステムを工夫しなければならない。このような複雑な仕組みは現金で実現することは難しいため、現金でないもので対価を支払う場面が多くなるのだ。
そして発信者も本音では現金での支払いが欲しいのだが、上に述べた理由で受信者に事前に現金による対価を支払わせることは難しい。逆に事後ならばと考えるが、受信者が判断した価値を受信者がきちんと支払うことは期待できない。そのため、受信者と同じように現金でない対価を要求することになっていく。
しかしこの現金を介しない情報取引には、発信者受信者共に不満が残る。現金は質の高い対価であるために、発信者は現金で受け取ったほうが効用が高くなるし、受信者は現金で支払ったほうが費用が少なくてすむ。この問題を解決するためには繰り返しゲームなどのさらに高度なシステムが必要になってくる。

*1:僕自身もいろいろなメディアにちょっとずつ顔を出している。一番最初は高校生のときに市長との対談が市の広報誌に載ったことだった。当時は特に名誉だと感じなかったが、今、ここでそのことを書けることはちょっと嬉しい気分である。ラジオに出てみたいなあ。

*2:スキャンダルを起こした人間を排除することによって自分の昇進が実現することや、単純に義憤に駆られている場合などさまざまである。その企業の組織内部の腐敗を取り除くことを目的として取材に応じる場合もあるだろう。

*3:電車の吊広告などが典型例である。ここで少量のサンプルを手に入れた消費者は、雑誌の内容を信じて購買という行動に移ることができる。もちろん雑誌の表紙にでかでかと印刷された見出しもサンプルの例である。

*4:中古車市場においては、買い手が事前に車の品質が分からないためにどうせババを引かされるのであれば最初から安い(品質の低い)車を買おうとし、売り手は品質の高い車を高く売ろうとしても売れないから品質の低い車だけを市場に投入する傾向がある。このように情報が重要でありながら、情報の非対称性により市場が不活発になる市場をレモン市場という。英語で質の悪い中古車をレモンと呼ぶことからこの名前がついている。