トリガー直接知財 情報の取引 その3

一回きりの情報取引においては現金での対価の支払いが行われにくいことは前回説明した。現金で情報取引が行われるならばそれにこしたことはないのだが、取引を行う双方の信頼関係がない限り難しい。
物質である商品の場合は、双方が取引を無効にすることができるという能力を持つことにより信頼関係を担保することができた。しかし物質に依存しない情報ではこのような信頼関係を成立させることは難しい。
何度も言うが、情報取引において発信者は受信者が対価を支払うかどうかを信頼できず、受信者は取引される情報の価値を信頼できない。取引の双方の主体が信頼関係を結ぶためにはこの不信を取り除いてやることが必要だが、残念ながらそれはできない相談だ。そのため、別の手段でもって互いの信頼を担保しなければならなくなる。
信頼を担保しあうためには繰り返しゲームがもっとも確実である。
繰り返しゲームでは、プレイヤーは将来の利益を最大化させるために現在の利益が損なわれることを許容する。その支払ったコストの大きさにより、プレイヤーがどれだけ今後の取引に期待しているかを相手のプレイヤーに信じさせることができる。そして相手のプレイヤーが支払ったコストが自分の信頼感を高めてくれる。そうやって互いの信用を高めることで取引コストを低減させる。繰り返しの回数が多ければ多いほど、次回の取引を成立させる互いの信頼度を高めるのに必要な追加コストは少なくなっていく。
しかし何事にも終わりは来る。繰り返しゲームの終了の仕方には3種類ある。
1.あらかじめ回数が決まっているもの
2.一方のプレイヤーのみが終了のタイミングを知っているもの
3.サドンデスで終了するもの

まずはこの3種類に対応した事例を見てみよう。


1.あらかじめ回数が決まっているもの。
繰り返しゲームにおいて、最後の行動をとるプレイヤーは相手プレイヤーを裏切る行動をとることが最適戦略になる。つまり相手プレイヤーは最後の行動をとるプレイヤーを信用することはできない。そのため最後の行動をとるプレイヤーは相手プレイヤーを信じさせるための戦略を考案しなければならない。
前回述べた週刊誌の広告が典型例である。週刊誌は広告というかたちで一部の情報を発信する。受信者はその内容を吟味して、自分にとってどれだけの価値があるかを判断する。その価値が発信者の提示する価格よりも大きい場合、週刊誌を購入しすべての情報を受信する。
ここで重要なことは、発信者は最初の発信で二回目の発信内容を完全に推測できるほど重要なものを送信してはならないということだ。もしもこのようなミスを犯してしまうと受信者は最初の情報で受信目的を達成してしまい、わざわざ現金を払ってまで雑誌を購入することをしないだろう。しかし、全然内容の違う情報を発信してもいけない。いくら法律の保護が及びにくい産業だからといって、まったくの無法地帯ではない。情報を取り返すことはできなくても現金は取り返すことが可能なため、裁判で負ければ情報の取られ損になってしまうからだ。
またたとえ無法状態だったとしても、このような詐欺を行うと次回の取引に大きく悪影響を与えてしまう。完全な繰り返しゲームが存在しないように完全な一回きりのゲームもまた存在しないのだ。
一回目の発信は部分的に解読できるが重要な部分は秘密に保つ、つまり解読できない暗号であるべきだ。この解読できない暗号を作成するために発信者はコストを支払う必要がある。最終的な取引が成立すると信じているから発信者はこのコストを負担することができる。つまり、受信者に対して繰り返しゲームを成立させるためのコストを支払っているというシグナルの発信にもなっている。
逆に受信者が最後のプレイヤーになる場合を考えてみよう。これに関しては非常に戦略が複雑になる。受信者はつねに情報を受け取った後に取引を無効にする誘惑に駆られるからだ。どれだけ前金を払ってようとも、情報を受け取った後は残金の支払いを拒否することが最適戦略だ。発信者はその事実を知っているために受信者がどれだけ自分自身を誠実な主体だと認識していようが信じることはできない。
受信者が発信者を信用させるためには、受信者が対価を支払う条件を客観的な条件に基く契約を結ぶことが必要になる。これを主観的な条件にしてしまうと発信者は受信者を信用することができない。逆に条件をつけないとしたら(つまり発信者が最終プレイヤーになるわけだ)今度は受信者が発信者を信用できなくなる。
例としては、警察に犯罪の情報をタレこむ情報提供者である。警察はこの情報がガセネタでないことを確認してから情報提供者に情報の残金を支払うことになるだろう。たとえその情報が真実だとしても確認が取れないことは警察の利益にならなかったことだから残金を支払う必要はない。しかし発信者は情報の確認がとれることは受信者の利益になることを知っているので受信者を信用することができる。
この情報取引の問題は、取引が完了するまでに時間がかかることだ。受信者が情報による利益を発生させるまで、発信者は対価を得ることができない。蓄積される可能性が高い情報では発信者は利益を得ることが期待できず、この情報取引は成立させることができなくなる。蓄積される可能性が高い情報を取引したいと受信者が考えた場合は、無駄になる可能性を認識した上で、受信者は先に対価を支払わなければならないだろう。