「半落ち」は最後まで半落ちだった

DVDを借りて寺尾聡主演の「半落ち」を見た。丁寧に作られた映画で「明らかに手を抜きやがって」という部分のない、いい映画だった。少し冗長だったが、映画館で見れば多分ちょうどいい長さなのだと思う。


ネタバレ注意報




















しかし、物語のテーマに関しては手抜きがあった。
この物語のテーマは嘱託殺人なのだが、「嘱託殺人が辛く悲しい事件で本当の悪者など存在しない」なんてことは「高瀬舟」(森鴎外著)ですでに語られている話で、いまさらそれだけをメインテーマにするのはどうだろう?と思う。
主人公(寺尾聡)が警察官でなければそこまで思わなかっただろうが、警察官が嘱託殺人を犯すのならば、法律を守る義務と人情の板ばさみになる姿が必要だったのではないだろうか。
そしてテーマとして嘱託殺人を許容しながら、主人公が後追い自殺を考えていることをいけないことだと断じてしまうのはどうなのだろう。結局はその結論に行き着かざるを得ないとしても、そのジレンマに周囲が葛藤する姿は必要だったのではないだろうか。
警察内部の公務員的態度を取る人たちに関しては、だいたいOKだと思う。いくつかの疑問点は残るが、この部分をあまり詳細に描きすぎると違うテーマの物語になってしまう。しかし、公務員的態度を取っていない警察官の全員が主人公に同情的なのは見ていて気持ちが悪かった。
主人公は殺人という究極の犯罪を犯していて、自白に疑問点が残っているうちは嘱託殺人であるという自白もまた信用できないはずだ。いや、仮に嘱託殺人という自白を完全に信じたとしても、それでも人殺しだ。緊急避難でもなく、誰に相談することもなく自分の意思で人を殺した人間に、警察官が同情するとは何たることだ!警察組織を舞台にする限り、そんな不快感を表す人物が登場しておかしくないはずだ。
ちょっと人殺しを軽くとらえすぎてないか?
僕もこの主人公と同じ状況に陥ったら、やっぱり殺人を選択するかもしれない。それでもやっぱり殺したくない。殺したくないけれども殺す以外の選択肢が見つからない。そのときには世界の理不尽と己の無力さに悔しい思いをするだろう。その悔しさが描かれていないこの映画だと「殺してあげてよかったね」になってしまっている。
主人公はすでに悔しさなどを全部飲み込んだ上で嘱託殺人に及んでいるとしたら、寺尾聡の淡々とした演技にも納得がいく。しかし周囲の人間(若い裁判官を除く)はその悔しさを示しもせずに「殺してあげてよかったね」と言ってるように感じられた。警察内部の主人公と親しかった人たちこそがこの悔しさを味わうべきなのではないだろうか。
この葛藤が描けていないから、最後に寺尾聡が嘱託殺人をした罪の意識と自殺をしない決心をどう消化したかが、観客に伝わらなくなってしまっている。正確に言うと、自殺をしない決心がどうなされたかはよく分かったのだが、罪の意識の清算は分からなかった。つまりこの話は半分しか落ちていなかったのだ。