トリガー直接知財 情報の取引 その8

・情報を改変せずに流通する


いわゆる通信産業がこれにあたる。特にデジタル技術や無線技術を利用した産業は近年、情報革命という名前の偉大な技術革新が行われ産業の花形となっている。
しかしこの産業は第四次産業ではない。
巷間ではこの産業こそが情報産業であり、つまりは第四次産業であると言われているが、僕はその意見に異を唱えている。この産業は情報の生産を主業務として行っていないからだ。この産業は物質財の流通と同じで、流通している財の内容に変化を与えない。この産業は自律機械としてではなく、自動機械として機能しているのだ。
もちろん人間が関わっている以上、まったく情報生産が行われていないということはありえない。農家も家庭の主婦も生まれたての赤ん坊でさえ、情報の生産・発信を行うからだ。だが、情報の生産・発信を少しでも行っている産業をすべて第四次産業従事者としてカウントすると、すべての人間が第四次産業従事者とみなさなければならなくなってしまう。
この議論は結局は言葉の定義にしか過ぎない。しかし人間の限られた能力で世界を把握し、政策を実行に移すためにはどこかに線を引かなければならない。この場合はその主体の主業務が何であるかということを基準にして分類をしている。
それでも物事の本質を追究することも重要である。主体の中で行われている作業の中で、どの部分が第四次産業で、どの部分がそうでないかを分析することも合わせて行っていかなければならない。


さて、第四次産業ではないと言ってもこの産業の社会的重要性が低いわけではない。そして第四次産業に与える影響も非常に大きいものがある。この産業がどのような性質を持っており、それが情報の取引にどのような影響を与えているかを見てみよう。
この産業は技術が発達した時代であるから可能になった産業である。第四次産業は原始の時代から存在したというのが僕の主張なのだが、これは第四次産業の基本的性質が存在したというだけの話だ。第四次産業を応用した産業の多くは後の時代になって技術やコストの問題が解決しなければ成立することはできなかった。
ただしこの情報流通産業は紀元前から存在していたため*1、大騒ぎするほど新しい産業ではないと認識しておくべきだ。
・情報の内容に改変を加えない
情報流通業者は自動機械であるため、情報の内容に変化を与えない。そのため受信者と発信者は独自に信頼醸成関係を構築しなければならない。逆に発信者も受信者も情報流通業者と信用醸成を行う必要はない。
ただし自動機械といっても完全なものは存在するわけはなく、途中で情報にノイズが乗るリスクは常に存在する。誤字脱字に始まり、情報の遅配や欠配が起きる可能性だ。このノイズの量がどの程度であるかということに関しては信用醸成コストが発生する。
・情報流通のコストを引き下げる
完全に生のままの情報を伝達することは非常に難しい。対面状態と比べると画像情報ではその場の雰囲気が、音声情報では表情が、文字情報では抑揚が、といった具合に情報はある程度劣化されて伝達される。これは技術的・コスト的な問題から仕方のない現象だ。
劣化は情報の改変ではないかと感じる人もいるだろう。しかしすべてを手順どおりに劣化させるのであれば、それは自動機械を経由させただけのことなので、自律機械が行う情報生産は行われていないと考えるべきだろう。
情報を劣化させることと自動機械しか経由させないことで、情報伝達のコストは大きく下がり、処理可能量は大きく上がる。また情報の発信者・受信者が独自に情報伝達システムを整備することに比べて伝達経路が大幅に少なくてすむため、社会的な情報伝達システム構築コストを縮小することができる。
・発信者・受信者へのアクセスを容易にする
情報流通業者は顧客である発信者・受信者のリストを持っており、そのリストを参照することにより情報取引の相手と接触する手間が非常に小さなものですむようになる。
情報取引の相手が、現在情報を受発信できる状態にあるかどうか、地理的にどのような場所にいるのかを考慮せずに情報取引を行えるため、時間や手間を大きく効率化できる。
・情報取引の与信を行う
発信者がどの程度正確でどの程度価値のある情報を発信するかを情報流通業者が調査し、その結果を受信者に公表することで受信者は直接発信者への信用を醸成させるコストを逓減させることができる。
また、発信者が受信者に与える信用も情報流通業者がある程度代替できる。発信者が受信者を信用できないのは受信者が対価を支払うかどうかであるのだが、情報流通業者が発信者を信用しているのであれば、対価の支払いを代行することが可能になる。そして受信者からは物質財と同じように代行した対価を取り立てればいい。
この支払い代行は、情報流通業者が発信者を信用していなければ断じて行うことが困難である。受信者が情報取引後に対価の支払いを拒否するのは、取引された情報に価値がないと判断するからだ。そしてその判断の証拠を裁判所など司法機関に提出することで取引の無効を主張することになる。しかし情報流通業者が発信者を信用しているならば、その信用の証拠をカウンターとして提出することが可能になる。もしもその証拠が薄弱であるならば、情報流通業者は裁判で負けてしまうだろう。
この与信機能は、流通業者にとって大きなコスト負担となるだろう。また信用できない主体との取引を制限することになるので流通量を引き下げることにもなる。そのため情報流通産業がこの機能を有しているわけではない。しかし今後、情報流通産業が過当競争に突入した際にはこの機能の優劣が競争力に大きな影響を与えるだろう。
単に情報の流通量・コスト・取引する主体の数だけで競争力が決まるのであれば、最大の流通業者が最強の競争力を得ることになり、市場は自然独占の状態になるだろう。市場の独占は需要者にとっての大きな不幸であるが、同時にその産業に所属していた、もしくは参入したいと考える主体にとっても大きな不幸である。しかし情報流通産業を前回に述べた情報取引市場のルールが適用される市場に作り変えてしまえば*2、二番手以降のプレイヤーにも勝機は生まれてくる。

*1:ローマ共和国の議会広報が情報流通産業の古い例のひとつだ。元老院議員は市民が自分の発言を信じて次の選挙(元老院議席自体は終身制だが、それ以外の公職に就くには選挙で勝たなければならない)での支持者になるという支払いをしてほしいと考え、市民はその元老院議員がその発言を本気でしているかどうかを見極めなければならない。貼り出された議会広報はそのどちらの主体にも与信を行わない。

*2:自分に有利なルールが適用される市場を作り出し、ライバルを自分の土俵に引きずりこんで戦うことは経営戦略の基本だ。つまり市場をイノベーションさせるのだ。