トリガー直接知財 信用醸成 その7

信用醸成の手順 その3


・いくつかの裏切りは見逃してやる
少しでも裏切りを行った相手と、少しでも信用できないと感じた相手との取引を拒絶することは、長期的に見ると自分に不利益をもたらす場合が多い。
十回の取引で一回くらい裏切られたからといって、その取引全体の利益が十分に高いものであるならば、その取引は成功したものであると考えてよい。その取引を開始するために投資した信用醸成コストを考えると、簡単に取引を終了して別の取引相手に新たな信用醸成コストを投資することはかえってコスト高になるからだ。
情報財の個別性もこの寛容さの大きな理由になる。その情報財はその取引相手しか所有していないことが多いからだ。もちろん情報財の性質として既に述べたように、まったく同じ情報財を別の主体が独自に(もしくは複製して)所有している可能性はある。しかしそういった同じ情報財を所有している主体を探し出すのに必要なコストは膨大なものになるだろう。そのため、価値の高い情報財を発信してくれる相手は、自分の発信する情報財に高い価値をつけてくれる相手は、少しくらいの裏切られるコストを支払ってでも関係を継続するべきだ。
もちろん裏切りを野放しにしておくと、相手はいい気になって裏切りを繰り返すようになってしまうだろう。その結果取引停止となったならば、自分にとっても相手にとっても不幸な出来事だ。そのために裏切られたと感じたならば、その程度に応じて相手にペナルティーを課すべきだ。たとえ事前に結んだ契約書にペナルティー条項が載っていなかったとしても、取引量を制限するとかいろいろとペナルティーを課す余地がある。
そして相手も人間であり、扱われるのが個別性の高い情報財であることを忘れてはならない。人間は必ず失敗を犯すものだし、情報財は必ず要望の不一致が起きる。そのような確率の問題で起きる齟齬を重大な裏切りであると認識していたら(もちろん重大な場合もある)いつまでたっても十分な継続性のある取引関係を構築することはできないだろう。


・わざとだまされてやっていい気にさせておく
これは上述の手段と似ているが、微妙に違う。上級者向けの技だ。
相手は取引を継続することで利益をあげている。そしてより大きな利益をあげられる相手と取引をしたいと考えている。それならば時々わざと裏切られてやって相手に多めの利益を与えてやることで、相手に自分との取引を拡大したいと考えさせるのだ。
裏切る側の気持ちを考えてみよう。裏切るのはその一連の取引で得られる利益に満足していないからだ。場合によっては取引が終了してしまってもいいという覚悟がある。取引が終了する可能性を知っているから(つまり取引終了のタイミングを知っているゲームだ)裏切ることで獲得利益の最大化を目指しているのだ。
わざと裏切られることで相手の獲得利益を増やしたとき、相手は一連の取引で得たいと期待している利益の獲得量を確保することができる。それにより相手は今後も取引を継続したいと思い直すようになるわけだ。ただし、相手が思い直したのは時々裏切ることで手に入れられる臨時収入込みで計算した期待利益の量だということは理解しておかなければならない。
これは取引の両者による非公式な利益調整方法だ。信用醸成の初期段階では、利益の分配方法を厳密に決めておくことが重要な手段だったが、取引が進むにつれてその取り決めが足かせになって信用醸成を損なうことになってしまう。ここで取り決めの内容を改定することも考え方の一つだが、改定にかかるコストを考えると意図的な裏切りを利用して柔軟に対処することが合理的な場合もあるということだ。
こういった柔軟な対応ができるということも信用醸成には大きく寄与するのだが、これが行き過ぎると馴れ合いの関係になることは注意しておかなければならない。そのあたりが上級者向けの所以だ。


・取引のアイテム数を増やす
何度も言うが情報財は個別財であり、ある発信者の持つ情報財の在庫の中には価値の高いものと低いものが含まれている。受信者にとっては、この情報財に関してはこの発信者から、別の情報財に関してはまた別の発信者から受信することが、受信する情報財の価値を最大化することになる。しかし実際は最高の品質ではないと知りながらも、一つの発信者からいくつもの情報財を購入することはよくある。
安直に言ってしまうとこれは単に、信用醸成の対象を一元化することで信用醸成コストの削減を目指す行為になる。しかし分解して考えると別の取引で培われた信用を、次の取引の基礎にしているとも言える。この考えを推し進めると、最初は低コストもしくは低リスクで信用醸成できる取引で実績を作って、それをもっと大きな取引、言い換えれば信用醸成コストが高くリスクも高い取引につなげていくことで、最終的な信用醸成コストを削減することになっていく。場合によっては、大型の取引だけを単発で行うよりも信用醸成コストが低くなることもある。
これをさらに応用すると、公的な取引と私的な取引の関係を同時に持つことで信用醸成を高めるという手段に進化していく。企業同士の取引であっても、実情は担当者同士の信頼関係が大きな影響を与えていることを誰しもが体験していることだろう。この担当者同士の信頼関係は仕事を通じて高められることが建前であるが、実際には仕事の合間の私的な日常会話*1や単純にウマが合うということで高められる。
この私的な関係における信用醸成は比較的低い限界費用で達成されることが多い。ただしそれまでの人生において自分の人間性を高めるという莫大な投資コストが必要とされていることは忘れてはならない。年齢相応の人間性が作り上げられていない担当者は逆に、ドライな企業取引における信用醸成にすら悪影響を与えることもあるだろう。もっともそういう人間も、彼とウマが合う相手の担当者へと配置換えをしてやることである程度のリカバリーが可能なので、まったくの役立たずと化してしまうわけではない。

*1:もちろんこの日常会話もまた仕事の一部であるということは双方とも理解している。だから仕事の後の一杯も過度でない限り経費処理できるのだ