トリガー直接知財 信用醸成 その8

低信用醸成度での取引 その1


ここまで信用醸成を高める努力とその必要性について論じてきたが、どのような場合にも信用醸成が成功するわけでもないし、そのための時間が用意されてない場合もある。そのときには信用醸成が低くても実行できる取引の手段を考案していく必要がある。
この取引手段は概して信用醸成が高いときと比べて高コストになる。それでも信用醸成コストを支払うよりもその追加コストのほうが安い場合には、その手段を利用することが合理的になる。


・物質財を利用して取引を実行する
専門用語を使うと、高い信用醸成コストが必要とされる直接直接知財のかわりに、信用醸成コストの低い間接直接知財を利用して情報取引を実行する手段だ。
間接直接知財の媒体は物質財であるために、取引無効に関するいくつかの条件が緩和できる。受信者が取引無効を主張した場合、発信者はその媒体を回収することで受信者にその中に含まれる情報を利用されることを回避することができる。また物質財は証拠能力が高いために、受信者が取引無効を主張した場合でも発信者はその主張を覆すことが容易になる。
媒体を回収することで取引無効を実現するためにはいくつかの条件がある。既に述べたが、トリガー直接知財のトリガーとなる部分は非常にコンパクトなために、媒体を回収しても記憶を回収しきれない。逆に言うと、コンパクトにしづらい情報や、コンパクトにできる情報でも大量に媒体に記載することで記憶しきれないものなどがこの手段にむいているわけだ。
次に情報を複製されると回収できなくなるという問題点だ。間接直接知財は媒体に載せられるものでなければならないという制限があるために、直接直接知財と比べて情報部分の複製が容易である。
この複製の回避には三種類の考え方がある。第一の手段は技術的な手段で複製防止を図ることだ。音楽CDのコピーガードや、OCRで判別しにくい字体を使った印刷物などだ。
次が複製することが経済的に割に合わないようにすることだ。昔、書物は非常に高価だったため、筆写によって写本が作られることが普通だった。もちろん当時には著作権という概念がなかったため写本は違法ではなかったのだが。しかし印刷技術が発明されると書物の価格は非常に安いものになり、わざわざ筆写して複製を作るよりもお金を出して購入することのほうが安くなった。現代ではコピー機やIT技術の発達で複製コストが大きく下がったが、それでも大量印刷物(新聞や週刊誌)では複製するよりも購入するほうが安くつく。また、法律によって複製を禁止することはこの手段の範疇に入る。複製行為が見つかって逮捕されたり罰金を払ったりするリスクを考えると、素直に購入したほうが安いと判断するためだ。
 最後に情報を大量に発信することによって解読する時間がかかるようにする方法がある。時間をかけて解読し、つまりトリガー直接知財をコンパクトで記憶可能なものに変化させた後に受信者が取引無効を主張したとしても、無効の申し立てには時間が遅すぎると裁判所に判断されてしまうだろう。この手段を実行するためには、情報をわざと冗長にするという手間や、その冗長な情報を流通させるためのコストの増大などのデメリットは大きい。しかし本当に一番の問題は発信者の信用度を低下させる行為であるということだろう。解読した後に低価値だと判明するかもしれない情報を発信する主体をどうして信用することができるのだろうか。この陥穽を回避するためには、中途半端な解読でもその情報の価値がある程度認識できるような高い情報冗長暗号化の技術が求められる。つまりは「分割した情報取引」という手段で信用醸成を行うわけだ。
この間接直接知財による取引は、発信者が受信者を信用できない場合に有効な手段だが、発信者自身の信用醸成度の向上にも一応役に立っている。それは発信者が間接直接知財を製作するという、取引の事前コストを負担することである。既に述べたように事前コストの負担はどのような目的であろうとも、負担することそのものが信用醸成の向上に役立つからだ。ただし今のところ、間接直接知財であることの信用醸成上のメリットは受信者にとってはないように見られる。


・知識の所有主体を取引する
この方法は上記の「間接直接知財での取引」の応用版だが、僕自身もこのコンセプトをまだ煮詰められていないので、とりあえずの紹介に留めておく。
これはトリガー直接知財が根源的に持っている記憶の消去ができないという問題の解決策の一つだ。記憶が消去できないのであれば、記憶を持っている主体を回収してしまえばいいのではないかという考え方だ。
発信者から送り込まれた人材にトリガー直接知財が発信され、彼はそのトリガー直接知財を吟味した後に、受信者に採るべき行動を示唆する。受信者はトリガー直接知財には触れることはなく、記憶することは不可能だ。発信者は受信者がどのような利益を得るかすらも事前に把握できるために、非常に有利な取引が可能になる。
このコンセプトは僕のオリジナルではない。それどころか紀元前からある手段だ。代表的なものは、植民地もしくは属国に送り込まれた宗主国の顧問だ。現地人は世界情勢や宗主国の情報からは遮断され、唯一それを知っている顧問が示唆する行動を採るしかない。当然に不満はたまるが、属国にとっても利益のある関係だ。より確実な安全保障や、ほぼ確実に買い手のある(価格は多分買い叩かれているのだろうが)商品の生産に集中できるからだ。もしもこの顧問を拒否したならば、彼らはいつ来襲するか予想もつかない蛮族に脅えたり国際貿易に参入できないなどの大きな負担を甘んじて受けるか、莫大なコストを支払って自前で情報収集のルートを開拓するかの二者択一を迫られるだろう*1


・別の主体を経由して取引を行う
これは発信者・受信者ともに使える手段である。最初の発信者、最後の受信者の間で信用醸成が行われてなかったとしても、途中に双方と信用醸成が行われている主体を経由して取引を行えばいいのだ。取引を経由するということは、当然コストがかかり、中間業者に利益を抜き取られることだろう。それでも信用できない相手と取引することよりも全然得だ。
例を挙げると、広告収入で成り立っているテレビ業界、人材紹介会社、税金で運用されているさまざまな(そしてたいていは役に立たない=受信者が金を払う気にならない)各種広報などだ。
それぞれ、発信者・受信者が多数すぎて相互に信用醸成を行うと膨大なコストがかかり、社会的な損失になる。互いに相手を信用するための知識やノウハウに乏しい。受信者も発信者も取引される情報に価値を見出していないが、中間の主体がその情報に価値を見出している場合である。

*1:実は宗主国からの軍事的報復などは大きな問題ではない。第二次大戦後、多くの植民地が独立したが、結局宗主国とは完全な喧嘩別れはできず、その後も政治軍事顧問や民間の商人などが残った。新興独立国は、結局植民地時代と同じように先進国から不利な貿易を押し付けられることを理解していたのだが、それでも貿易のメリットは大きく、多大なコストを支払っても情報援助を求めたのだ。