ノウハウ直接知財 与太理論の流通 その1

このシリーズの内容の半分は愚痴である。
世の中にはうんざりするほどガセネタが流通している。これらのガセネタのうちのいくつかは発信者の能力不足によって運悪くガセネタしか作成できなかったというものだ。例えば19世紀の大科学者であるニュートンニュートン力学というガセネタを発信している。現在の科学ではニュートン力学は近似的に正しいだけで、厳密にみると間違いであることが証明されている。しかし僕はニュートンはそれでも偉い人物だと思っている。彼は彼の能力の範囲で科学に対して誠実だったからだ。彼にニュートン力学を超えて相対性理論を発信するべきだったということは、言葉の上では可能だが実際には明らかに不可能だった。
しかし世の中には科学に対して不誠実な人々がうんざりするほど多い。高校生レベルの知識があれば明らかに嘘だと分かる言説を大の大人が大真面目な顔で唱えているのだ。そしてそれを指摘されても一向に自説を曲げようとしない。「もしかして本気で言ってるのですか?」と聞きたくなるくらいだ。
いくつか例を挙げよう。
水からの伝言
飽和水蒸気から雪の結晶を作る実験で「ありがとう」などのいい言葉をかけてやった場合はきれいな結晶ができて、悪い言葉をかけた場合は汚い結晶ができるという話。
どう見ても、いい言葉をかけたときにはできた結晶の中からきれいな結晶を探して、悪い言葉をかけたときには汚い結晶を探してサンプルにしたとしか思えない。水が人間の言葉を聞き分けたのではなく、人間が人間の言葉を聞き分けただけだ。
問題は小学校の先生が道徳の時間か何かにこの話を児童にしたということだ。小学校の先生は大卒のはずなのだが。子供がこの話を信じてしまったらどうするのだろう。
反戦軍事学
反戦を実現させるためには軍事の知識が必要です」と銘打ちながら、まったく頓珍漢な自衛隊批判をしている本。「日本に徴兵制が導入されるかもしれない」とあおっているが、現代の軍隊では徴兵制を導入したら軍隊が弱体化することは軍事学での常識である。この本の読者は北の将軍様におもねることが戦争回避に繋がると思っているのだろうが、好戦的な独裁者に宥和的な政策をとったために第二次世界大戦が発生したことは歴史の常識だ。
インテリジェントデザイン
神様ないしなんらかの知性が生物の突然変異をコントロールしているという説。ダーウィン進化論では説明がつかない進化の跳躍があり、それは神様がコントロールした証拠だとのこと。普通に考えればその跳躍部分を埋める生物が発見されていないだけで、しかもダーウィン進化論で説明できる進化がほとんどだということも無視している。
もしかしたら何らかの知性が関与していたのかもしれない。実際に遺伝子組み換え作物などは人間という知性が進化に関与している。しかしこの知性の存在証明を行うべきはインテリジェントデザイン派であり、ダーウィン派がそれの非存在証明をする責任はない。
イスラム原理主義者ですらこんなにひどい与太話をしたりはしない。それなのに学校で子供に教えるべきだと主張する人が結構な人数にのぼるらしい。もちろんスパゲッティモンスターはこれのパロディーである。
もっと頭を使え
ある体育会系企業での実話。
上司曰く「もっと頭を使って営業しろ。俺の若いころは休みの日に客の家を訪問したり、用事がなくても客の会社に毎日顔を出したり、頭を使って仕事をしていたんだ!」


数え上げるときりがない。
この手の与太理論に出会うたびに思うのがやっぱり「もしかして本気で言ってるのか?」だ。全部が全部、本気で言っている人間ばかりではないと思うが、どうやら本気で言っている人間も存在するようだ。彼らはその本気度合いから三種類に分類される。


1.完全に本気で信じている
ニュートンだって本気でニュートン力学を信じていた。本気で信じているからといって彼らの言っていることが真実に変わるわけではないが、誠実さは認めてもいいと思う。その誠実さがあれば、彼らに間違いを指摘したときに理解してもらえ、彼ら自身が間違った理論を引っ込めてくれる可能性があるからだ。
しかし説得に当たっては説得者・被説得者の双方の知的能力が要求される。もしもニュートン相対性理論が発表されるまで長生きしていたら彼はニュートン力学の非を認めただろう。しかしアインシュタインは「神はサイコロをふらない」と言って最後まで量子論に納得しなかった。これに関してはアインシュタインが頑固だったと言うよりも、その頑固さを打ち砕けるほどに量子論が完成されていなかったせいだと言うべきだろう。そして彼らほど偉人でない与太理論製作者は誠実さは持っていたとしても、納得力が低い*1ためになかなか真実には説得されない傾向にある。ただし被説得者の知的能力が十分に高い場合は、わざわざ誰かが説得しなくても本人が自発的に改心する可能性がある。


2.うすうすおかしいと感じている
おかしいと感じているが、与太理論を信じなければやっていけないとも感じている。自分の思想信条や利益のためには与太理論が真実であるほうが都合がいい人々である。この手の人間が一番厄介である。
左翼にかぶれた人が「アメリカの核兵器は悪魔の武器で、ソ連・中国の核兵器は正義の武器である*2」と言ったり、ストーカーが「あの娘は照れ屋だから俺への愛に素直になれないんだ」と言ったりする。彼らは自分の与太理論が真実でないと薄々は分かっているのだが、それを指摘されると猛烈に反発する。そして場合によっては暴力に訴えることも辞さない。
これらの人々を改心させるには大きな労力というコストと説得者の身の危険というリスクを負わなければならない。そしてよほどの幸運がなければ本人が自発的に改心することはない。


3.おかしいことを言ってると自覚している
おかしいことを言っていると自覚しているが、自分の利益のためにその理論を主張する人がいる。詐欺師などはその典型だが、公務員にも多く見られる。そして民間企業でも同じようにいい加減な言い訳をして仕事をごまかす人間がいる。
2と同じく改心させるのは難しいが、2ほどの危険人物ではない。なぜならばこの与太理論発信者は自分が与太理論を語ることの得失を計算しているからだ。2の人物はこの得失が計算できないために説得者に危害を加える、つまりは犯罪を犯し、その犯罪によって罰せられる損失をも辞さない。しかし3は得失が合わなければ説得者に危害を加えない。つまり暴発の危険がないのだ。
もちろん暴発の危険がないとは言っても、得失が合えば犯罪を辞さないだろう。ヤクザなどはその典型だが、自分の与太理論を貫き通して利益を得るためには、説得者に危害を加えることに躊躇しないだろう。しかし説得者はどこで被説得者が爆発(暴発にあらず)するかを予期できるために、その爆発を回避することができる。
得失を理解していると言うことは逆に見れば、その得失が合わないと感じれば彼らは自説をいともたやすく撤回するだろう。彼らを説得するのに必要なものは説得力ではなく、取引なのだ。

*1:もっとも与太理論に関してはなぜか納得力が高い

*2:北朝鮮の核兵器にも一理あるらしい