病院システム近代化計画 その6

最初にすごく馬鹿っぽい告白をします。昨日までのその1からその5を読まなくても、今日のエントリーだけ読めば*1とりあえず待ち時間に関する問題のひとつの解決方法はつかめます。はっきり言ってたいしたことないです。
しかし僕は今日のエントリーを書くために大量の文章を書き、あと数回文章を書き続けなければなりません。なぜそれをしなければならないかと言うと、今日、僕が書くことを読者に信じさせるためです。僕が言うところの信用醸成コストを支払ってきたわけです。
もちろんこの信用醸成活動は逆方向にも働きます。昨日までに僕が書いたことを読んだ人の中には「こんないい加減なことを書き散らす人間の言うことなど金輪際信用しないぞ」と思う人もいるでしょう。「こんな難しいことを書く人の言うことは私には理解できないから聞いても無駄だ」という微妙な結果もあるかもしれません。しかし多くの人にとっては僕がこれだけ多くの信用醸成コストを支払ったことで「この人の言うことを信じてみよう」という気持ちを持つに至ったと思ってます。
この信用醸成が成された主因は残念ながら、「今まで僕が書いてきたことが正しいと感じられるから」ではなく「こんなに大量に無駄話を書き散らかす馬鹿はそんなに多くないだろう*2」という感情的なものに由来します。
そして僕は本当はこういった「情報取引におけるなんか変な現象」をメインの研究テーマにしています。医療問題なんて本当にどうでもいいと思ってます。単に「批判しっぱなしは申し訳ないなあ」という間抜けな理由でこれを書いています。
でも僕はかなりまじめにこの医療問題について思考を深め、丁寧に解きほぐす努力をしています。なぜこんな馬鹿なコストを費やすかというと、ここで手を抜いていい加減な与太を書くと、本編での僕の理論の信憑性が弱くなってしまうからです。つまりは本編のための信用醸成コストを支払わされているというわけです。


接客業のノーブレス・オブリージュ
さて、本題の待ち時間の行列の問題である。すでに述べているが、待ち時間そのものは仕事を効率化させるか、仕事の量を減らすしか根本的に解決できない。その両方の方法論に関してはすでに述べてきたものもあるし、後日に述べる予定のものもある。そして今日は待ち時間そのもは減らさない。
そもそもの議論の発端を見れば、待ち時間そのものはクリティカルな問題ではないことが分かる。


結局頭にきたのは、最初にどれくらい時間がかかるのかというインフォメーションがまったくなされないのと、途中で今どこまで来ているのか、というのが表示されないシステムにある。
http://www.misokichi.com/2006/03/post_139.html



日本人は几帳面で親切な人が多いので、普通の店舗ならば客を1時間以上待たせる場合には「だいたい何時くらいに来てください」と伝える。もちろんそういうサービスをしない店舗に客は行きたくないと考えるから、これは経済学的合理性に基くサービスだと言うこともできるだろう。しかし実際は競争上の有利不利が関係ない店舗でもこのようなサービスはごく自然に行われている。「なぜそんな利益にならないコストをかけるのですか?」と彼らに聞いてみると「え?だってお客さんに無駄な時間を使わせたら悪いでしょう?」と答えるだろう。客に無駄な時間を使わせることを彼らは「恥ずべき行為だ」と感じる。これは接客業者のノーブレス・オブリージュなのだ。
ここでは「患者が待合室で1時間以上の待ち時間を費やさなくていい」ということを目標にシステムを組み立てる。受付に来てから1時間以内に診察室に呼ぶということではない。「3時間後に来てください」と受付で言われたときに「3時間後から4時間後」の1時間以内に診察に入ることができることを目指している。患者は3時間後に来て1時間未満の時間を待合室で待つことになる。
患者はその3時間後までを自由に使える。家に帰って寝ていてもいいし、元気ならば*3買い物をしてきてもいい。当然トイレに行っている間に名前を呼ばれるようなリスクは大きく回避できる*4
しかし3時間後、4時間後まで医者の側が計画通りに診療をこなせるという保証はない。当然に時間が前後にずれる。後ろにずれると前日から予約していた患者が納得いかないし、前にずれると高給取りの医者が遊んでしまうことになる。こういった日常的にありうる問題はシステムが解決手段を用意しなければならない。
予約時間がずれて困る患者と、たいして困らない患者がいることを利用しよう。「いったん家に帰って寝てきます」という患者にとっては時間がずれると困るのだが、「待合室で世間話でもしています」や「隣の喫茶店で文庫本を読んでます」という患者は時間がずれても大きくは困らない。受付で患者に待ち時間に関する要望を自己申告してもらって、それぞれに対応ルールを適用する。


予約がずれる予約
予約時間がずれてかまわないという患者は、遅い方向にずれると損が発生するが、早い方向にずれると得になる*5。早い方向にずれる確率が高いように予約調整をしておけば、時間が読めないというリスクが高い予約を選択するインセンティブが患者に発生する。しかし「いつでも呼び出してかまわない」というのは傲慢なやり方だ。予約時間はその時間の30分前には確定し、患者に伝達されなければならない。
伝達方法は「受付に表示」と「携帯にメール」の2種類だけでいい。現代の日本では携帯は基本インフラの一つだからだ。携帯を持たない人間は本人の自由意志で携帯を持っていないと見なされる時代なのだ。携帯を持つ人間が得をするのではなくて、携帯を待たない人間が不利益を被ることを余儀なくされてかまわない。携帯を持たない患者は「呼び出しが来るまで病院の外でのんびりと時間を過ごす」自由は与えられないが、「病院の待合室で待ち続ける」や「1時間ごとに予約状況を確認するために病院に顔を出す」ことで「予約がずれる予約」を利用することができる。
11時台の「予約がずれる予約」を取った患者がいたとしよう。診療医師の仕事が予定通りこなせていれば、彼には10時30分に「11時台に診察です」と伝達される。診療医師の仕事が速く進めば9時30分に「10時台に診察です」と伝達され、遅ければ11時30分に連絡が入る。運が悪いと12時30分に連絡が入るかもしれない。
これは冒頭の「時間が読めないシステム」に似ているが違う。まず最初にその患者は時間がずれることの不利益を大きく感じないと思っている。次にその患者は自分の自由意志でその状況を選んでいること。そして何よりも重要なことが、診察時間の30分前に予約状況を知ることができ、リードタイムを与えられていることである。


予約がずれない予約
当日予約であっても「11時台に診察です」という確定した予約が欲しいという気持ちはよく分かる。この予約を守るべく病院は努力するべきだろう。しかし急患などの突発的事情によってどうしても実行不可能になる場合はある。この突発的事情は「予約がずれる予約」を運用することである程度吸収可能だが、物理的に無理ということはいつだって起こりえることだ。このときには残念ながらこの患者にもう1時間、もしくはもっと多くの時間を追加的に待ってもらう必要が生じる。受け付けに「今日の当日予約は全部1時間遅れになってます」とアナウンスを置くことで患者に伝達される必要があるだろう。
「予約がずれない予約」がずれてしまうことは医療というものの性格上避けられないことだが、毎日のようにずれた場合は予約システムの不調を疑ったほうがいい。この「予約システム不調」の発生状況は病院システムの努力目標となるだろう。だいたい一ヶ月に1回もしくは2回がベストではないかと(感覚的に)思う。
このシステム不調回数は多すぎても少なすぎてもよくない。絶対にずれないシステムを構築しようとすると予備のマンパワーが大量に必要になり、日常においてこの予備のマンパワーが遊休化している状態で無駄なコストが垂れ流しにされることになる。2日に1度ずれるのであれば予約責任者の頭が悪すぎる。彼の低能力を外部不経済として患者に押し付けていることになり、患者は当然の権利としてクレーマーになるだろう。


もう少し微妙な調整
「11時台に診察です」と言った患者を12時5分に診察することは許されざる犯罪だろうか?「12時台に診察です」と言った患者を11時50分に診察することはあってはならないことだろうか?
待合室にカードリーダーでも置いておいてどの患者が待合室に存在するかを確認できるならば、このような柔軟な対応ができるはずだ。患者はトイレや駅前の商店街に出かけるときには「退室用カードリーダー」に診察カードを通し、待合室に帰ってきたら「入室用カードリーダー」に診察カードを通せばいい。たったこれだけのことで(多分50万円以内のコスト)看護婦が患者を探し回り、医者が待ちぼうけを食らわされる無駄が解消できる。さらに上述の柔軟な運用ができるというおまけつきだ。
日本人の大多数は時間前行動をする習慣が身についているので*6その習性を利用するわけである。また12時5分へと診察が遅れる場合も、もともと当日予約の患者には「11時台の予約ですが、きっと11時後半になります」と伝えてあるので、1時間以上待たせないというルールに厳密には反しているわけではない。


ごめんなさい。運用システムの説明だけで今日はいっぱいいっぱいでした。文字数の見積もりが甘すぎました。「予約がどんどん後回しになってる!」とクレームをつけられても仕方のない状況です。明日こそはシミュレーションに入るのですが、シミュレーションの文字数がすごいことになるかもしれないので、2日分くらいかかるかもしれません。

*1:今日で終わらなかった。ごめんなさい。明日も続きます。

*2:実際は無駄話を書き散らかす馬鹿は多いです。彼らも自分の言葉に信憑性を持たせるために無駄に大量の文章を書きます。ただし彼らは同じ言葉を百回繰り返すという省エネ無駄文章作成戦術を使う癖があるので結構ばればれです。

*3:元気な病人なんていくらでもいる。風邪のような空気感染や飛沫感染をするような病気の場合は人ごみに出かけるべきではないが、ガンやエイズなら気楽に外に出かけて大丈夫だ。

*4:食中毒の患者には無理な注文だ。

*5:飛行機の予約でこのようなシステムがあったと思う。

*6:関西人は除く。関西人は「行列に並ぶと負け」という価値観を持っているために「ちょっと遅れて行動する」という戦略をとる人が多い。ゲーム理論的には合理的な行動だ。