病院システム近代化計画 その7



どこまで続くんだよ。勘弁してくれよ。と泣き言を言いたいのですが、佳境に入ってきました。もう引き返せません。「毒を食らわば皿まで」です。
しかしこの状態は「読む気をなくさせる大量の文章を提示して煙に巻く」戦術になりつつあります。少々不誠実な態度です。それでも「医療を批判する人間は許せない」人たちからの「中途半端な字面だけの理解で反論」を封じ込むためには僕はこうするしかないのです。大学の教養単位レベルの経済学の知識を持った人たちに根本原理から理解してもらうためにはこれだけの文章が必要です。しかもそれを小出しにしていると議論が拡散するので、戦力の大量投入による突破を目指さなければならないのです。
きっと折り返し地点には来ています。ここまで読んでくれた人たちも「毒を食らわば皿まで」とあと少し付き合ってください。


記号の説明
ABCD:前日に予約した患者。もちろんこの記号はその4で定義した患者の種類である。
R:当日予約の「予約がずれない予約」患者。
r:当日予約の「予約がずれる予約」患者。当日予約患者全体の4割がこの予約形態を選ぶものとする。
X:4の患者を示す。どの種類の患者にも当てはまるが急患であるため優先的に診療が行われなければならない。出現は予測できず、出現確率は0.4/時間とする。
-:患者の診察時間が長引いた場合。Aは3割、Cは7割の確率で長引くものとする。Aが長引けばB患者であり、Cが長引けばD患者となる。AB、CDの切り分けは事前に分からないものとする。Xの患者は常に診察が長引くものとする。
予約患者の予約時間を明示したいときにはA3といった形で患者分類の後ろに予約時間を付け足す。
一人の患者にかける診察時間は3分とする。理論的には1時間に20人の患者を診察できるが、実際には診察が長引くので15.4人が期待値となる。


診療医師が一人の場合
A:50人 期待値:195.0分
C:8人 期待値:40.8分
R:9人 期待値:35.1分
r:5人 期待値:19.5分
X:2人 期待値:12.0分
合計 74人 期待値:302.4分
診察時間が5時間として期待値的には75人程度の患者を診察することができる。しかしXは常に手間がかかるために74人を診察予定に組み込む。もちろんRrXはこちらの思惑通りに来てくれるとは限らない。前日予約患者はここでは58人なので事前に1時間当たり11人ないし12人と割り振っておく。ここでACを均等に割り振れればいいのだが、そこまでできるわけもないので乱数で割り振る。当日予約はACの状況を見て割り振る。


注意:計算間違えがあるかもしれませんが、誤差の範囲とみなしてください。なお乱数は完全にランダムです。


1日目
診察予定
1:ACACAAAAAAAA(49.2分)+RRr(11.7分)=60.9分
2:CAACCAAAAAAA(50.4分)+Rr(7.8分)=58.2分
3:AAAAAAAAAAAA(46.8分)+Rr(7.8分)=54.6分
4:CAAAAAACAAA(45.3分)+RRRr(15.6分)=60.9分
5:ACAAAAAAAAA(44.1分)+RRr(11.7分)=55.8分
単純に予約を組むのならば1時間目はRRRとしたいところだが、病院の開店前に並んでいたr患者を後回しにするわけにいかないので彼を1時間目に組み込んでRRrとしている。
3時間目が終わる段階で6.3分の余裕時間ができているが、これはX患者が出現する期待値とr患者が予定よりも早く順番が回ってくる可能性を高めるためである。
実行
1:AX-CAD-AB-B-AAAB-ARRr- 6分超過。Xがいきなり出現。r2に予約遅延を連絡。
2:D-AACD-B-AB-AB-B-AR  3分超過。r2r3に予約遅延を連絡。
3:AAB-AX-B-AAAAAAARD4- Xが出現したが、後半がすごくすんなり進み6分前倒しで4時間目のC患者を早めに診察。r2r3r4r5に4時間目に診察すると連絡。
4:AAAB-AAD-AB-ARRRr2-r3r4-r5 6分超過。r患者はいないので予約変更の連絡はなし。
5:ACAB-B-AAB-AAARR 結果的に3分の余裕を残して終了。
B出現率28%、D出現率63%、Rrの診療長引き率21%と全般的に診療が短時間で終了した。r2には2時間の遅延となったがr5は逆に1時間早く診察ができた。


2日目
診察予定
1:ACAAAAAAAAAA(48.0分)+RRr(11.7分)=59.7分
2:ACCAAAAAACAA(50.4分)+Rr(7.8分)=58.2分
3:AAACAAAAAAAA(48.0分)+Rr(7.8分)=55.8分
4:AAACAAAAAAA(44.1分)+RRRr(15.6分)=59.7分
5:AAAACACAAAA(45.3分)+RRr(7.8分)=57分
実行
1:AD-AAAB-AAAAAB-RRrB2- 6分前倒しでB2を早めに診察。r3に予約前倒しを連絡。r4にも予約前倒しを連絡すべき状況だが、予約連絡時刻にはそこまで早く進むと見越せなかったので連絡せず。
2:D-D-AB-AB-B-ACAB-R-r-r3- 9分遅延。前半の時点で前倒し時間を消費しつくしたのでr4には予約前倒しを行わないことにした。
3:AAAD-AAAB-AAAAR-A4 3分前倒しでA4を早めに診察。Xが出現していないのでスムーズに時間を取り戻せた。r4に定時予約を連絡。r5には予約前倒しを行わない。
4:B-AD-AX-B-AAAAARRRr- Xが出現したが、前倒し時間の分で相殺できた。一応r5に定時予約を連絡。
5:B-AAACB-CB-AX-B-ARRr 定時終了。


診療医師がたった一人でも「予約がずれる予約」を導入するだけでここまでスムーズに定時予約を実行できる。しかも病院側はたった5人のr患者にだけ予約時間の変更を連絡するだけなので大きく手間が省ける。もしも「予約がすれる予約」を導入していなかった場合、多数の当日予約患者に時間の変更を何度も連絡しなければならなかったことだろう。1日目のr2患者は少しかわいそうだったが、彼がもともと完璧な予約にこだわっていなかったことを考慮するとぎりぎり許容範囲だと考えていい。ただし3時間も予約がずれ込むようなことはよほどのことがない限り行うべきではないだろう。


複数の診療医師の場合
4人の診療医師で運営する場合を見てみよう。これは実際の(医院ではない)病院の運営に近い状態だ。病院の実態に合わせるために診察時間の条件にもいくつか変更を加える。これには診療医師がそれぞれ少しずつ違った専門領域を持っていることや、病院には高度な治療を期待して手間のかかる患者が多数来ることを反映させている。
ABCD:CD患者の割合を高く設定する。CD患者は各診療医師にとって専門の患者であり、別の診療医師が診察することはできない。AB患者は予定していた診療医師でない医師が診察する場合もある。
Qq:当日予約のCD患者。専門外の診療医師は診察できない。qは「予約がずれる予約」患者である。
Y:急患のCD患者。これも専門外の診療医師は診察できない。ただし発生確率は低く、0.1人/時間である。
-:A患者は2割の確率で2倍の診察時間、1割の確率で3倍の診察時間を要求する。CQq患者は4割の確率で2倍、3割の確率で3倍の診察時間を要求する。XY患者は常に3倍の診察時間を要求する。
Rr:これらの患者はその時点で手のあいている診療医師が診察する。


A:140人 期待値:588.0分
C:48人 期待値:288.0分
R:18人 期待値:75.6分
r:12人 期待値:50.4分
Q:12人 期待値:72.0分
q:8人 期待値:48.0分
X:8人 期待値:72.0分
Y:2人 期待値:18.0分
合計:248人 期待値:1212.0分(303分/人)


診察予定
1時間目
1:CACAACAAACQ(55.2分)
2:CCCAAACAAAQ(55.2分)
3:AACAAAAAACq(51.6分)
4:AAAAAACAAAQ(49.8分)
小計(211.8分)+Rr(8.4分)+XY(期待値18.0分)=238.2分


2時間目
1:AAACACAAAAq(51.6分)
2:AAACAACAACQ(53.4分)
3:ACCAAAACCAQ(55.2分)
4:AAAAAAAACCq(51.6分)
小計(211.8分)+Rr(8.4分)+XY(期待値18.0分)=238.2分


3時間目
1:CCAAAAACAQ(49.2分)
2:ACAAAAAACQ(47.4分)
3:AAACAAAAAq(45.6分)
4:AAAACCAAAQ(47.4分)
小計(189.6分)+RRRRRrrr(33.6分)+XY(期待値18.0分)=241.2分


4時間目
1:CAACAAAAAq(47.4分)
2:ACACAACCAQ(51.0分)
3:CCACAACCAQ(51.0分)
4:CACAAAAAAq(47.4分)
小計(196.8分)+RRRRrr(25.2分)+XY(期待値18.0分)=240.0分


5時間目
1:AAAACAAAAQ(45.6分)
2:CAACAAAAAq(47.4分)
3:AACCCCAACQ(52.8分)
4:AACCAAAAAq(47.4分)
小計(193.2分)+RRRRRRRrrrrr(50.4分)+XY(期待値18.0分)=261.6分


Cが52人になっており、その分Aが136人しかいないが、これは乱数のせいである。そういう日もあるだろう。時間調整手段であるrが最後に固まっているため、さらにハードな設定になる。


実行
1時間目
1:CAY--C--AAC--AAAC--Q
2:CC-CA--AA--CAA-AQ--A
3:A-A--C-AAAA-AY--C--q-- +6分
4:AAAA-X--AAC-AAA-Q-rR
3医師が急患対応のため、A患者を2医師診察に変更。r3を2名予約遅延連絡。


2時間目
1:X--AAA-C-A-C-A-A-AAq- +3分
2:AA-ACAAC-AAC--AQ-R- -3分
3:AC-C--A-A-AA-C-C-Q 定刻
4:AAA--AA--AAACC-q-r -6分
3医師の診察時間が超過しているためA患者を2医師診察に変更。r5を3名予約前倒し連絡。


3時間目
1:C-C--AAA--AAC--A-Q- 定刻
2:AC--AAA-A-AA-CQ--RR -3分
3:AA-AC--AAAAAq-RRR -6分
4:AA-AAC-C--AX--AAQr -6分
r5患者の残り2名に定時予約を連絡。


4時間目
1:C-Y--A--A-C--AAAAAq-r +3分
2:AC--A-CAAC--C-AQ--RRr-- +6分
3:C--C-AC--AAC-C-AQRRrrr- +3分
4:X--C-A--CAAAAAAq--r-r- 定刻


5時間目
1:AA--AAC--A-AAAQRR-R-R- +9分
2:CX--A-ACAAA-A-Y--Aq-r- +12分
3:AACC-CC-A--AC--X--Qrr +6分
4:AA-C--CAAAA-Aq-R--R-R-- +9分


結果論だが予約をずらさないほうが完璧な結果になったようだ。診療医師の間で患者を分担し合う水平分業だけでもこれだけの効果を発揮する。r患者を除き、最初の予定時刻から30分以上診察時間がずれた患者がいないことは一目瞭然だ。
この予約システムだけならば患者の割り振りを行う担当者さえ用意すれば明日からでも導入可能である。そして「順番はいつですか?」の質問に答えるために看護師が手間を取られる時間を考えれば、コストゼロやコスト削減と言っていいだろう。激怒しているクレーム患者に対応する人間の苦労を思えば、この程度のカイゼンを行わない病院はよほど殿様商売が好きなんだろうと邪推するしかない。



この手法はカンバン方式とオペレーションズリサーチを掛け合わせたものです。患者という仕掛品にABCDRXというカンバンをくくりつけて病院内部を移動させていくやり方です。そしてこの仕掛品には現時点での工程を知らせておくほうが移動の効率が高くなるために、オペレーションズリサーチで求められた情報を知らせるという寸法です。
これは診療医師が1人からでもそれなりに効果を発揮しますが、4人以上いると理想的です。逆に10人20人と増えてもたいして効率は上がりません。そしてそのころには規模が大きすぎることの弊害が発生すると思います。そのへんはまた明日ということで。