病院システム近代化計画 その9

顧客満足度向上計画
「ちょっとお願いが...」
「はい、担当者に代わりますね」
担当者制度を厳格に適用するとこのようなやり取りが増える。その場で相談した人に対応してもらうことに比べると顧客満足は低下する。客は「的確に対応してもらい結果的に早く解決する」よりも「対応するまでの時間が短い」ことにより大きな満足を感じる。結果という近代的な価値よりも「努力してくれた」という前近代的な価値を高く評価するのだ。
何回か述べているが、医者が前近代的なのは国民が医者に前近代的であって欲しいと願っているからだ。このような国民の要望は他の産業でも経験してきたことだが、近代的で効率化されたシステムに一度慣れてしまうと国民は以前に前近代を望んだことなど記憶のかなたに葬り去ってしまう傾向がある。少し長くなるがそれを特徴的に示す実例を紹介しよう。
約15年前、JR東日本が自動改札を導入したときの騒動を覚えている人は少ないかもしれない。今ではとうてい信じられないことだが山手線の各駅では駅員が切符切りを持って改札を行っていた。これをコスト削減のために自動改札にしたのだ。そしてさらに信じられないことにこの自動改札導入に多くの人が反対を唱えた信じられないが、本当だ
当時、自動改札は少しの例外(札幌市営地下鉄など)を除いて近畿地方の私鉄にしか存在しなかった。近畿地方では自動改札は至極当然のシステムで国鉄みたいなどんくさい鉄道会社*1だけが有人改札のままだという認識がもたれていたが、首都圏では自動改札はSFの世界の産物だった。そしてJR東日本の至極当然な経営判断に対して各界の著名人が多くのメディアで非難をした。
「自動改札は有人改札のような人間の温かみを感じないから非人間的だ」
「自動改札にしたら切符切りの鉄道職員は職を失う」
有人改札は一個あたりの処理数が自動改札よりも高いような気がする*2
近畿圏で少年時代を過ごした僕はこの論調に唖然とした。有人改札のような流れ作業では人間の温かみどころを感じるどころか非人間的に扱われていると疎外感を感じるほうが強い。いや、そもそもそんなところに人間の温かみを求める必要なんかないだろう。なによりも改札のような機械でもできる、いや機械のほうが得意な仕事をさせられている鉄道職員のほうが非人間的に扱われている。彼らは「人間としての能力」を必要とされる仕事をし、人間として尊敬されるべきだ。解雇される職員に対しても、「いらない人」として邪険にされるくらいなら、たとえ給料が下がっても「あなたがほしい」と言ってくれる職場に転職することが人間の尊厳だと思った。
結局のところ、これらの反対意見の大元はJR労組だったのではないかと思う。彼らが「低効率で高価格のサービスを乗客に押し付けて俺たちの楽で高賃金の職場を守りたい*3」という目的を隠して「人間の温かみが・・・」といういわゆるためにする話をでっち上げたのだと思う。そしてそのようなためにする話を真に受けてメディアで発言をした人々も馬鹿だった。彼らは今も当時と同じように「社会全体で有人改札を守らなければならない」と真顔で語ることができるのだろうか。
国民の(民主主義上の)総意は自動改札を支持するだろう。導入当初の数ヶ月は使い勝手になじめずに混乱しただろうが、今は自動改札がなければ改札での混雑が耐え難いものになることを理解している。そして自動改札がなければ鉄道運賃が値上げされてしまうということも理解している。近代的なシステムは顧客満足度を引き上げたのだ。


矛盾したパズル
医療においても同じことが起きるだろうと僕は予言する。融通は少し悪いが効率的なシステムが顧客満足を引き上げ、国民は古きよき時代を懐かしむことはあっても回帰することを願わないだろう。
ただしこれは「対応までの時間が早い」から「解決までの時間が早い」「解決が的確だ」という別の顧客満足に切り替えるという行為であり、両者は別の価値観で作り上げられているものであるから完全なトレードオフは期待できない。前者に固執する人はいつまでも後者の価値を認めないかもしれない。また、後者の方により大きな価値を認める人であっても、後者の実現度が低ければ全体的な顧客満足は低下したと感じるだろう。
そのため病院は「対応までの時間が早い」を大きく損なうことはしてはならないし、「解決までの時間が早い」「解決が的確だ」を大きく向上させなければならない。しかしこれは現場にとって矛盾する要求である。
「対応までの時間が早い」ためには担当者が呼び止められたら立ち止まらなければならない。しかし「解決までの時間が早い」ためには担当者は作業中に邪魔が入ってはならない。作業が中断されるとそこで動作や思考が中断され、対応後に中断された動作を再起動するのに余計な時間がかかってしまうからだ。
客が一度に大量に来ることはどの顧客満足に対しても悪影響を及ぼす。一人の人間が一度にできる作業量は限られているのに、それを上回る要望がやってくるとこなしきれないのは自明の理だ。そしてそれを捌ききった後には客が極端に少ないのであれば、労働力が遊んでしまうことになる。
これらの複雑なパズルを解くことは非常に困難だ。解けないパズルを前に病院がマンパワーの大量投入で解決しようとしたり、そもそも解決せずに顧客満足を放置する気持ちはよく分かる。しかし経営学はそれを解くための公式をいくつか持っている。その一つが客に作業を分担させることだ。
自動改札は乗客自身に切符と自動改札機の操作を委ねることで成立した。病院も患者にいくつかの作業を委譲することで顧客満足を高めることができる。要は客が作業を行うことにかかるコストよりも顧客満足のほうが高ければ、全体的な顧客満足は上昇するのだ。


勝手にさせろ
予約システムとは客が病院へやってくるタイミングをばらけさせる作業を客自身に行わせることだ。客は自分自身の責任で家を出る時間を決定し、待合室に待機する時間を決定しなければならない。予約という行為は病院が客に対して行うサービスではなく、客が客に対して行うサービスなのだ。予約があやふやだと客はこれらのサービスを行えず、病院側が客に対して「待ち時間はどれくらいあるか」「どこで時間をつぶすべきなのか」を教える作業を行わなければならなくなる。
病院の各室に看板が出ているのも客に自発的に作業を行わせるためのシステムだ。「診察室」「トイレ」「検査室」これらの看板がなければ客はその都度病院の職員に手を引いて連れて行ってもらわなければならなくなる。
客が自分自身にサービスが行える状況を作り出せば「対応までの時間が早い」を簡単に満たすことができる。そうすれば病院が考えるべきことは「解決までの時間が早い」「解決が適切だ」という矛盾しない項目に集中させることができる。
そして車椅子の人が有人改札を通るように*4、切符の払い戻しを有人改札で行わなければならないように、ハンディキャップのある人や複雑な業務内容は病院職員が対応しなければならない。しかしそのような人は病院においても少数派だから、病院職員の手が足らなくなるほどサービスの需要が集中することは起こりにくくなる。


知らせるべし
「患者がそこまでできるわけがない」医者はそう言って僕の案を否定するだろう。
医者は患者が無知で愚かな大衆であってほしいから患者に自発的な行動をさせるのを嫌悪するのだ。患者が「よく分からないんです」と困った顔をしているのを見ると、医者の名誉が上昇する。患者に「ああしなさい。こうしなさい」と命令すると医者の優位が確定する。患者のために右往左往することでノーブレス・オブリージュが実行できる。患者に病院システムを知らせて作業を分担させると、医者と患者が対等になってしまうのだ。
実際に現在の病院では、よほど勝手知ったる状況になるほど通いつめないと患者は病院固有のシステムを理解できない。初診の外来患者は当然システムを知っていることなどできない。患者が無知なのは理解能力が小さいからではなく、知らないから無知なだけだ。そして日本の教育レベルならば、患者は教えてもらえば知ることができるはずだ。
海外旅行で初めて行く国では本当に右も左も分からなくなり、現地の人にあきれた顔で見られた経験を多くの人は持っているだろう。たとえ言葉が通じても、分からないことだらけで何ができて何ができないかすら分からなくなる。しかし当然ながら現地の人は当たり前の顔でいろんな作業をこなしている。これは自分の基礎能力が低いせいなのだろうか。それとも現地の人の基礎能力が高いのだろうか。そんなことはない。日本でなら自分と彼らの立場は完全に逆転する。慣れているか慣れていないかの違いだけだ。
同様に患者は病院に慣れていない。しかし慣れていないからといって患者は無能ではない。患者にするべき作業を教えてやれば、彼らは自発的に行動する能力を有している。するべき作業を教えるということは、必要作業リスト(するべき作業)のマニュアルを読ませる(教える)ことだ。受付(もしくはトリアージ医師の予備診察)が終了した段階で、患者が行うべきフローチャートは確定する。それをプリンタで出力して渡してやればいい。今の技術なら簡単なことだ。そのたった一枚の紙の出力の手間だけで、廊下で看護師が呼び止められる回数は激減し、それなのに顧客満足は大きく高まるだろう。
何度も書くがこれによって医者が得る名誉は減少する。しかし病院の効率は向上し、医者の労働時間は短縮され、患者の満足は高まる。それをもって労働の喜び、人間としての誇りとして失われた名誉の代償としない限り、病院のシステムは絶対に近代化しない。


あと一回か二回でひとまず終わります。でも多分二回かかります。がんばります。尊敬してください。

*1:しかも国鉄時代の影響でJR西日本の乗降客数は同地域の私鉄と比べて少なかった。僕の父は「JRはすいてるから」という理由で通勤にJRを利用していた。最近のJR西日本は経営努力によって混むようになってるのだが、父のほうが定年退職してしまった。

*2:本当かどうか知らないがベテラン職員が立った場合は処理数が高かったらしい。非熟練職員ならば当然自動改札のほうが速い。そして同じ間口にならば自動改札のほうが設置台数が増えるので、どんな熟練職員でも処理数では太刀打ちできない。

*3:書いてて気がついたが、これって「楽で」を「名誉の高い」に置き換えたら現在の医者と同じにならないか?

*4:最近は車椅子で通れる自動改札がかなり普及している。エレベーターも多いので車椅子や荷物が多い人でも駅員の補助なしで多くの自己サービスを実現できている。