病院システム近代化計画Q&A その4

前回のエントリーに関しては内容に関して双方が合意できなければ議論の意味がないと書きましたが、今回は逆に偶然以外の理由では合意できるわけがない内容になっています。その理由は僕が医療現場に関する知識がないことです。そしてNATROMさんも程度の違いこそあれ、医療現場の知識を持っていないからです。
効率化に必要な現場の知識は、その知識を蒐集するための知識がなければ集めることができません。僕もこの方面、つまり経営工学の専門家ではないために素人に分かりやすく、しかも間違わずに説明するのは難しいのですが簡単な紹介をします。




経営工学とは
工場での生産性を高めるために編み出された方法論。経営に関する多くの分野に応用されている。店舗内の設備配置や避難経路の最適化、物流の効率化など。人間工学、ミクロ経済学、工業簿記などの知識があると理解しやすい。
工場内の各作業を細分化して分類し、その各動作の所要時間(ストップウォッチ)、人員・原料の移動経路(距離や歩数)を調査することから始める。その上で重複した動作や同時進行できる動作を省略したり、移動にかかる時間を経路の変更で短縮する。また、重量物の移動は機械を使ったり上下動を少なくすることで労働者の身体的負担や危険を軽減させる。
また段取り八割と言われるように、段取りを考えるときに動作が中断する時間は馬鹿にできないくらい長い。作業をマニュアル化することでこの段取りにかかる時間を短縮できれば現場の効率化と品質管理の工場の一石二鳥になることも経営工学の手法の一つである。


経営工学の導入例
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/839811.html
参考資料として郵政公社で最先端の経営工学を導入開始した事例を挙げる。賛成派・反対派の感情的なコメントもまた参考にしてほしい。現場がまったく経営学の知識がない場合は導入に多大な混乱が発生するという事例である。
この事業に関ったトヨタの人間の感想はきっと「こんなに馬鹿でぬるくてわがままな連中ばかりだとは思わなかった」だろう。馬鹿とは経営工学の導入で効率が上がることを信じない態度で、ぬるいのは21世紀の今まで経営工学を導入せずに組織が倒産しなかったことで、わがままなのは現状維持を主張してもそれが許される考えていることだ。
この記事に書かれている限りではトヨタ側にもいくつかの失敗が存在する。僕がこのシリーズの初期に解明したような産業特有の「お金でない」利得表を解明する手順を踏んでいないことだ。「自分と同じ常識」を共有していない相手には、常識を共有する手順がどうしても必要だ。この手順を踏まない限り、現場は現場の価値観に基いて改革案を悪だと評価するだろう。
実際は記事には載っていないが*1、これらの意識改革のための教育も平行して行っているだろう。しかし意識は改革しない。この頑固さは郵政職員が馬鹿なことが原因ではない。意識を改革することによる郵政職員の個人的なメリットが存在しないことが原因だ。今までがあまりに優遇されていたために金銭による報酬を上げてもらうことはありえないだろうし、労働強化は確実に要求される。「ダウンオアナッシング」の取引を提案された人間の合理的な反応は取引そのものを拒否することだ。取引が停滞している間は従来のぬるま湯に浸っていられるからだ。意識を改革しないということはつまり、このように取引を拒否している状態であり、これを解決することは相当に難しい。




経営工学のメソッドに従った現場の情報を集めない限り、最適化した状態は考案できるわけがありません。想像で書いた効率化案はこの最適化された状態でないために、突っ込みどころが確実に存在します。そのために僕が書く改革案も、NATROMさんが感じている最適状態もよほどの偶然がない限りぎりぎりまで追求した最適状態ではありえません。そんな内容に合意などありえるわけがありません。
しかしどういった理論に基いた改革案なのかを科学的かつ具体的に僕が解説することで、このゴールのない議論も多少の価値のある議論になりえます。僕が書く具体案は結局は間違いである可能性は高いですが、それを考え付くための方法論は応用の利くものなので、その方法論を議論することに意味が出てくるわけです。
そしてその方法論を基礎知識とした上でさらに専門的体系的な知識を習得した人間が、現場の情報を科学的に蒐集解析して改革案を作り上げるならば、実効的な改革案が成立するでしょう。しかしそれをする立場にない僕にとっては情報蒐集は不可能です。情報収集と改革実行の権力を持った人が、僕を雇うか、別の専門家を雇うか、本人が勉強するかをして改革を成功させるより他の手順は存在しません。そして「Q&Aその2」で述べたように医療産業の効率化は不可避の政治的課題です。




>「3分診療」と揶揄されるように、たいていの外来診療は現状でも、「診断→治療方針→治療→説明→記録」まで、早ければ数分です。外来患者を最も効率よく診察するのは診療所レベルで十分で、分業することにより、かえって無駄な時間が増えてしまうのではないでしょうか。
僕はこれを2分、1分と短縮する方法があると思っています。10秒でも5秒でも短縮できる方法があるのならばそれを実行するべきです。多くの産業ではそのようにどうでもいいようなカイゼンを繰り返して現在の効率を達成しているからです。
例えば患者を診察室に呼び出す際の時間を考えてみましょう。呼び出してから患者が診察できる状態になるまでに20秒かかったとします。逆に患者が診察できる状態になっている診察室に医者が入室して診察を開始するまでに10秒かかったとしましょう。それならば診察室を二部屋用意して、医者が二つの部屋を行ったりきたりすれば10秒の短縮ができます。
部屋を移動することは高度な知能を要求される行動です。病院に慣れている職員と、慣れていない患者ではその移動速度に極端な差が発生します。これは実際にストップウォッチで計ってみれば検証可能です。実際の患者での平均値と、病院職員が患者の役をするロールプレイで比較してみればこれを実感できるでしょう。
このような双子の診察室をもう少し煮詰めてみましょう。左右対称の二つの診察室の間には二つのドアがあります。一つのドアは看護師などが歩いて移動するドアです。もう一つは医者がキャスターつきのイスに座って移動するドアです。診察が終わると看護師は隣室に移動し、すでに入室してる患者に診察の前準備を始めます。その間、医者はパソコンの前に座って電子カルテを入力します。電子カルテを入力し終わった医者は、行儀の悪いやり方ですが、イスに座ったままでイスのすぐ横にあるドアを通って隣室に移動します。隣室は左右対称なので、ここでもドアの横に診察用の机があります。この机の上にもパソコンのモニターがあるわけですが、これは隣の部屋のパソコンのモニターと本体を共有すればいいでしょう。
患者はドアに仕切られている隣室にいる別の患者を気にすることなく、病気に関する個人情報を口にしたり服を脱いだりできます。次の患者がじりじりと待っていることを気にせずにゆっくりと服装を整えてから退出することもできます。看護師の診察の後片付けに時間がかかっても、それは医者の診察時間を侵食させずにすみます。
通常の産業であればこのような重複設備はコストアップの原因になります。しかし医者の高い人件費を考えると逆にコストダウンとなるでしょう。病院のコストダウンの中心は医者の人件費をどれだけ抑制するか、どれだけ医者を医療マシーンのように機械的に行動させるかという命題になります。そのようなマシーンとしての扱いが自分の人間性への侮辱だと感じる医者はそれこそ「開業医になればよろしい」のです。僕は人間らしく働くことよりも、人間らしく休息することのほうが人道的に優先されるべき課題だと思っています。


トリアージ医師については、現在でも、医師が予診をとって振り分けるシステム(大学病院などが多い)は既にあります。専門分野領域の患者が多く来る大病院だから必要なのであって、多くが軽症である一般外来で同じことをやっても効率化にはなりません。
看護師が外観で患者の緊急性を判断できるのならば、軽症専門のスーパーマーケット病院ではトリアージ医師は必要ではないでしょう。手遅れになる前に緊急患者を診察治療するという医療に求められるノーブレス・オブリージュが達成されるならばどのような手段でもかまいません。
大学病院などでトリアージ医師がすでに配置されていることを僕は知らなかったのですが、これに関しては僕が当たり前の方式だと感じていることをその大学病院も同じように感じていただけのことです。これと同様に、僕が「こんなやり方はどうですか?」と得意げに解説する方法のいくつかは、すでに実施している病院があっても驚きません。目的が同じならば同じ解決方法が考え出されることはかなり確率が高いことだと思っています。
さて、この与診が行われることは診察医師の診察時間の短縮につながります。僕はこの分業に関してトリアージ医師とともに問診表の充実も提案しています。この問診表がきちんと記入されているかどうかで診察時間は10秒単位で違ってくると思うのですがどうでしょうか。
問診表が充実されることでストップウォッチに見えるほどの効果があるのならば、この作業に経営資源を投入することは全体的な効率を上げます。しかし問診表での問診内容が増えることは患者側の能力的な負担の増大を招きます。その結果問診表の記入が失敗し、その失敗が逆に診察時間の伸長を招くリスクがあります。能力に応じて書けるだけ書いてくれるならばありがたいのですが、書くことがあまりに難しいと最初から全部書かないという行動を取られてしまうことは十分に考えられる事態です。
患者にきちんと問診表を書かせるシステムを用意できればこの問題は解決します。いくつかの役所では書類がきちんと記入できているかどうかをチェックし、書類の記入項目で分からないところがあれば相談に乗ってくれる人が待合室に導入されています。これによってカウンターで市民がいちいち足りない部分を手で書き込む時間の無駄が削減できています。もちろんその市民にとっては待合室の書類記入机で書き込もうが、カウンターで書き込もうが同じ時間のコストしかかかりません。どちらかといえばカウンターで手取り足取り教えてもらいながら記入するほうが簡単でしょう。しかしカウンターの担当者からしたらそれは無駄な待ち時間でしかありません。書類記入は多くの市民が書類記入机で並列処理してくれることが役所の効率化につながります。そして市民の価値基準と役所の価値基準のギャップを埋めるために、相談員を待合室に配置しているわけです。
当然この問診表の書式にも多大な考慮が図られるべきでしょう。これは特に問診表を書くのが苦手な患者に聞き取り調査を行うことがカイゼンにつながるでしょう。また、きっとアンケートの書式の専門家が広い日本には存在すると思います。
その病院が専門とする領域によって違うとは思いますが、この問診表から診察前の検査をするべき項目が判明します。風邪の患者しか来ない病院だと体温を測るくらいしかできることはないかもしれません。しかしこの事前検査の項目の決定は医者にしか許されていないと僕は想像しているのですが、そうでないのならばその権限を持っている看護師なりがその作業を担当すればいいです。
この事前検査項目決定の作業だけならば医者が直接患者と面談する必要はないかもしれません。それならばわざわざ専任の担当者を仕立て上げる必要はなく、診察医師が診察の合間にパソコンに向かって書類作業を行うことで作業は完了するでしょう。
分業の概念は作業を細分化して、作業をマニュアル化・ルーチン化することで段取りを考える時間を削減することに重要な意義があります。専任担当者がいれば学習効果により作業効率は上がりますが、すごくひまな専任担当者を作るような事態になれば逆効果となります。もちろん規模が巨大になれば、そのような小さな仕事でも専任担当者一名分の仕事量になって効率が上昇し、スケールメリットと呼ばれる状況を作り出せます。


うーむ。全然話が進まなくて申し訳ありません。NATROMさんへの返答はあと一回か二回でとりあえず終わる予定です。

*1:こういった専門知識が要求される現場の論評を専門分野の知識をほとんど持っていないとわけの分からない結論が出たり、ニュースになった事実の是非を判断するための材料が提示されなかったりする。医者もきっと裁判所に対して同じような不満を持っていると思うが。