直接知財と間接知財

知財は大きく二種類に分類することができる。。
TV放送などに代表される直接知財と特許などに代表される間接知財だ。ここではそれらの知財の効用および流通特性の大まかな説明をしたい。


直接知財は俗な言い方ではコンテンツになる。いくつか列挙してみよう。TV放送、音楽CD、本、ブログ、演劇、映画、教育。内容そのものが効用の源泉となる知財だ。
直接知財を効用面から分類すると、トリガー直接知財、ノウハウ直接知財、娯楽直接知財に分類される。この分類内容に関する詳細な説明は後日に回し、簡単な説明だけをここで行う。
トリガー直接知財の代表は避難命令である。たとえば台風が来て河川の堤防が決壊しそうになったとき、自治体や消防・警察によって付近住民に避難命令が発せられる。避難命令の伝達方法にはいくつかの種類があるが、主に放送や広報車によってなされるだろう。その避難命令を聞いた人は家族や隣近所に情報を伝達するとともに、自身の避難を開始するだろう。つまり、情報が行動を決定するためのトリガーとなっているのだ。そしてこのトリガー直接知財は時機を外すと価値を失う。台風が通り過ぎた翌朝になって避難命令が出ていたことに気づいても意味はないのだ。
ノウハウ直接知財の代表は教育である。上の台風の例で行けば、避難命令が出たらどのように行動すればいいかを知らなければ行動を起こすことはできない。それを事前に(もしくは最中に)行動様式を伝達(すなわち取引)しておく必要がある。
一般大衆が第四次産業の代表として思いつくものの中でもっとも上位を占めるのが娯楽直接知財だろう。娯楽直接知財の代表はテレビの娯楽番組だ。娯楽番組を見ても(つまりは、しつこいようだが取引しても)その後の人生の糧になるわけでもなく、見たことで何かの行動を引き起こされるわけでもない。娯楽直接知財はその場で完全に消費される。見ることそのものが目的とされる知財なのだ。
ただしこれらの分類は、発信者および受信者の主観によって分類されるものであり、非常に曖昧なものだ。避難命令の例で行けば、危険地域にいる住民にはトリガー直接知財であるが、数百キロはなれた地域の消防署職員にとってはノウハウ直接知財になる。そして言い方は悪いのだが、対岸の火事と感じる人にとっては娯楽間接知財*1となる。
次に直接知財は流通形態によって、直接直接知財と間接直接知財*2に分類される。
直接直接知財知財の所有者から消費者に直接、リアルタイム*3に取引される直接知財だ。例としてはテレビ放送が挙げられるだろう。テレビ受像機という機械を通じてではあるが、放送局と消費者は直接につながっており、取引したい情報は生のままで届けられる。
間接直接知財の代表は本である。情報は一度第二次産品の内部に格納されて流通されるが、その商品の本質的な効用は直接知財の部分にある。現在、放送を除けば直接知財の大量流通の主流を担っている。
詳しくは直接知財の流通に関する章で述べるが、直接直接知財と間接直接知財の区別は曖昧であり、近年の情報流通技術の発達によりさらに分類が難しくなっている。例を挙げると、留守中のテレビ放送をビデオテープに録画しておき、家に帰ってから見る場合はどう分類するべきだろうか。さらにそのビデオテープを第三者に譲渡した場合はどうなるのか*4。この場合はビデオに録画する、正確にはテレビ電波を受信する時点で直接直接知財の取引は終了し、放送を録画したビデオテープは間接直接知財として扱うべきである。しかし、本当にどう分類していいか分からないものも今後出てくることだろう。


間接知財は一言で言うとノウハウである。ノウハウそのものが取引される場合はノウハウ直接知財となるのだが、ノウハウによって生産された財が取引される場合に、そのノウハウを間接知財と呼ぶ(ことにしたい)。
技術、製法、デザインなどが間接知財の代表である。間接知財の内容は直接には消費者の効用に影響しない。例えば特許Aを利用した製品Xと特許Aを回避した特許Bを利用した製品Yがあったとしよう。この製品XとYが同じ能力を持っているとすれば、消費者はこの製品の効用を手に入れるためにどちらか一方を購入すれば十分である。わざわざ両方を購入する必要はない。しかし、直接知財の場合はまったく同じ種類・量の感動が得られる映画の2本ともを鑑賞する消費は十分に合理的な行動である。間接知財は産業の現場で消費される直接知財であるとみなすことも可能であるが、効用価値説のかなりラジカルな信奉者*5である僕は、間接知財は間接的にしか効用の増加に寄与しないとの立場をとっている。
間接知財は間接知財としては流通し得ない。間接知財の内容が流通する場合は、直接知財として流通するからだ。また効用に関しても、間接知財の効用は間接知剤を利用した財の効用を高めることであり、一種類に限られている。そのため直接知財のように流通形態や効用の種類によって分類することはできない。
間接知財は所有形態によって分類される。常識間接知財、特許間接知財、専有間接知財である。しかしこれも直接知財の効用での分類のように、所有者の主観によって分類されるものであり、非常に曖昧な分類である。
常識間接知財の代表は「1+1=2」である。誰でも知っている知識であるが、この知識は多くの財の生産に大きな貢献をなしている。常識間接知財は「誰もが知ってる」ために空気や水のように取引不可能な財であるように感じるが、そうとも限らない。たとえば日本語は大多数の日本人が所有している常識間接知財であるが、これは世界中の日本語学校で、そして日本国内の小学校でも(直接知財として)取引されている。
特許間接知財の代表はもちろん特許である。特許の内容は公的には誰でも知っている財である。しかしその使用に関しては法律で保護されており、それゆえに取引可能な財である。
専有間接知財は、所有者が限られている間接知財である。知財の内容を外に漏らさないことで独占的に使用が可能である。しかし法的には保護されていないため、他者が独自に同一の間接知財を生産し使用することを防ぐことはできない。

*1:娯楽間接知財といっても別に娯楽を感じる必要はない。「そういう事件があったんだ」と知ること、つまり知識欲を満足させるという意味で娯楽という言葉を使っている。

*2:頭の悪い専門用語を作ってしまった。もう少しかっこいい表現はないのだろうか。いい言葉を募集してます。

*3:光速の限界があるし、テレパシー能力などはありえないので、厳密な意味では直接でもリアルタイムでもない。

*4:日本の著作権法上、テレビ放送を録画したビデオを家族以外の第三者に譲渡することは違法である。しかし、ここでは法律上の議論は極力避けたい。第一の理由としては、第四次産業という現象は日本国内に限ったものではないため、一つの国の法律で議論の内容を制限されたくないからである。第二の理由として、法律をこのように制定するべきだという議論を展開したいということがある。そのため既存の法律がどのようになっているかということは意味を成さない。

*5:財が効用を発揮するのは消費者が消費を行う時点であると僕は考えている。企業も消費を行うが、それは財を生産するために行う消費であって、財の原価を構成する行為だと考えている。そこで生産された財が不良在庫となり産業廃棄物として処分されたとしたら、結局は効用を発揮しなかったとみなしているのだ。つまり、「無人の森で倒れた木は音を出さない」と考えている。