トリガー直接知財

まずは自動機械というものを考えてみよう。
この自動機械は自動ではあるが自律ではない。こちらが望むようにしか動いてくれない機械だ。望むように動かすためには「望むように」を解釈するところから始めなければいけない。「望むように」とは「望むとき」に「望む動き」をすることだ。「望むとき」を実現させるためには、「今がそのタイミングだ」と入力する必要がある。そして「望む動き」のためには、あらかじめ動作の内容を入力しておく必要がある。
これだけだとあまりに抽象的過ぎて逆に分かりにくくなっている。もう少し分かりやすい実体を持ったものを想定しよう。たとえば自動販売機だ。
世界最古の自動販売機は古代ギリシャの神殿に置かれた聖水の自動販売*1だと言われている。コインを投入すると、そのコインの重みで少量の聖水が流れ出す。この聖水を儀式に使ったそうだ。
この自動販売機は非常に単純な動きをする。
コインを投入する → 水が出る
コインが投入されない → 水は出ない
コインの投入というトリガーにより水が出るというアクションが起きる。それ以外の時には何も起きない。
時代は下り、19世紀になると自動販売機が一気に進歩し始めた。それまではたった1種類の商品しか販売していなかったのが、数種類の商品を販売するようになったのだ。コインを入れた後、買いたい商品に応じたボタンを押すことで、その商品が転がり落ちてくるようになった。つまり入力するトリガーの種類に応じてアクションが変化するようになったのだ。そしてコインの側面から見ると、同じコインを投入しているのに出てくる商品が違うという現象が起きるようになった。
100円を入れる → ボタンAを押す → 商品Aが出てくる
100円を入れる → ボタンBを押す → 商品Bが出てくる
次の進歩は、おつりが出るようになったことだ。
500円を入れる → ボタンAを押す → 商品Aが出てくる
500円を入れる → ボタンBを押す → 商品Bが出てくる
100円を入れる → ボタンAを押す → 商品Aが出てくる
100円を入れる → ボタンBを押す → 商品Bが出てくる
この動作を逆から見ると、商品Aを得るためにはいくつもの方法が許されるということになったのが分かる。
このように自動機械はこちらが望んだことしかしないにもかかわらず、トリガーとアクションはどちら側から見ても一対一の関係ではない。機械が複雑になるにつれてトリガーとアクションの因果関係も複雑になってくる。時間帯によって違ったり、列車の空席状況によって違ったり、考えられる組み合わせの数は級数的に増えていく。
そして人間のような自律機械においてはさらに複雑な行動が起きる。自律機械では「望むとき」も「望む行動」も機械の内部で決定される。外部からは望んだように行動させることはできなくなる。
しかし自律機械も自動機械と同じように、外部の世界から情報を入手し、外部の世界に働きかける。そしてまた、外部からは正確にうかがい知ることはできないにしろ、入手した情報と働きかける内容の間には因果関係が存在する。
トリガー直接知財が主体にどのような行動を引き起こさせるか(もしくは何も引き起こさないか)は、主体にしか分からない。直接知財の発信者の思惑とは正反対の行動を引き起こす可能性もある。そのため、トリガー直接知財の流通量は発信者の意思によって制限されることになる。


・トリガー直接知財の発信者の発信理由
1.受信者に発信者の意図した行動を引き起こさせるため
避難命令や業務命令のように直接に行動内容を指示したトリガー直接知財は、意図した行動を引き起こさせる可能性が高い。しかし国際政治での駆け引きなどでは、相手の裏を読んだ内容のトリガー直接知財を発信しなければ目的を達成できない。裏を読みすぎて失敗することもある。
2.取引による発信
受信者が要求するトリガー直接知財を発信する。新聞やテレビニュースが代表的だ。この場合でも、発信者は受信者の行動をコントロールするために発信する情報をコントロールする場合がある*2
3.意図しない発信
トリガー直接知財を発信する意図がなくても、主体のさまざまな行動は関係者にとってはトリガー直接知財となりうる。ギャンブルでのポーカーフェイスはこういったトリガーの漏洩を防止するためであるが、ポーカーフェイスそのものがトリガーになる可能性もある。


・トリガー直接知財の発信者
主体が意図を持った発信、意図しない発信、自然が発信するものの3種類がある。特に後ろの2者は受信者の受信能力によってトリガーとなりうるかどうかが決まる。


・トリガー直接知財の受信目的
正確に言うと、受信目的は受信してからでないと決定されない。例えば避難命令を受信したとしても、非常に頑丈な建物に住んでいる人は逃げるよりもそこに留まることを選ぶだろう。またレジャーの最中でトリガーを無視してしまう人もいる。もう一度避難命令が聞こえたら避難を開始しようと考える場合もあるだろう。このように行動・無視・蓄積といった三種類の目的が考えられる。


・トリガー直接知財の劣化・蓄積
トリガー直接知財が発信者の意図した行動を受信者に引き起こさせない理由の大きな理由のひとつに、直接知財の性質のひとつである情報の劣化がある。直接知財は流通技術の制限を受けて、必要な情報のすべてが流通されるとは限らないからだ。避難命令を出したとしても、どれだけ切実に避難が必要とされているかが伝わらなければ無視される可能性がある。これを防ぐために、事前にどれだけ大きな自然災害が近づいているかを伝達させることが行われている。この事前情報を手に入れた受信者は「最終的な避難命令が届いたら避難を開始しようと考える」という行動を起こす。このようにトリガーは目に見える行動は起こさせずに当面の間蓄積されるということがある。
ビジネスの場面ではこの劣化や蓄積の現象を多く見ることができる。市場の情報や、自分自身の情報の多くはすぐには行動に反映せず、蓄積されるのみである。情報が劣化しているために、それが自分にとってどのような意味を持っているか判断できない場合も多い。そしてさまざまな情報が蓄積されて、ある時点でそれが具体的な行動に繋がるのだ。


・トリガー直接知財の受信技術
正確な情報を入手して、正確な意味をつかみ、主体の目的に沿った正しい行動を決定することができるならば、どれだけ幸せになれることだろうか。完璧な行動は期待すべくもないが、トリガー直接知財の受信技術を向上させることを常に努力し続けなければならない。
1.収集能力
より多くの情報を集める能力を身につけることは、当然に必要な情報を入手できる可能性を高めることになる。多くのメディアから情報を集めること、専門的な情報を金銭を支払って入手すること、気象庁アメダスのように定点観測地点を増やすこと。コストをかけることにより、入手できる情報量はかなり容易に増やすことができるだろう。
2.メディアの選択能力
しかし無尽蔵な情報が主体の情報処理能力を超えるならば、逆にまったく無意味な情報になってしまうかもしれない。より正確度の高いメディア、より専門的なメディアなど、アクセスするメディアを制限することで受信能力は高まる。
3.理解能力
入手した情報が自分にとってどのような意味を持つのかを判断する能力は簡単に向上させることはできない。しかしこの能力の向上はトリガー直接知財の価値を大幅に高めることだろう。
4.蓄積能力
入手した情報が即座に主体の行動に影響を与える場合は少ない。断片的な情報が多く集まって初めて行動に繋がる。その断片情報の整理蓄積能力を高めることは理解能力の向上ほど困難ではないが、主体の効用を大きく向上させる。


「情報を制するものが世界を制する」という格言は事実だが、情報を制する能力は情報を入手する能力ではなく、情報を判断する能力に大きな部分をよっていることを分かってもらえたと思う。しかし判断能力は非常に複雑で専門的な知識を必要とされる。この能力に関しては後日一応の解説をしたいと思うが、完璧なノウハウは多分作り出せないだろう。

*1:世界最古の自動販売機にはBC219年のギリシャの聖水販売機とBC215年のエジプトの聖水販売機の二説がある。この時点でギリシャのほうが古いし、当時のエジプトはギリシャ人の王が治めていたことから、多分ギリシャ説が正しいのではないか。どちらにせよ、この二つは同じものであることは間違いないだろう。

*2:政府は有権者の要求に応じてさまざまな情報を発信しなければならないのだが、まったくすべての情報を要求どおりに発信していると信じることはおろかである。そしてこの原則はマスコミにも同じように適用できる。