報道の自由と政府命令

NHKのラジオの電波の一つに海外向けの短波放送がある。そこで拉致問題を重点的に放送するように政府が命令しようとしている。そしてその命令が「報道の自由を脅かすものだ」として反対している人たちがいる。
状況をまとめると以下のようになる。
・NHK海外向け短波ラジオ放送が設立されている。
・そのラジオ放送の内容に関して政府が命令できるという法律がある。
・今まで個別案件に関しては、その命令は出されたことがなかった。
・阿部首相はその放送における拉致関連情報の報道状況に満足していない。(状況証拠)
・国際社会に北朝鮮の拉致犯罪があまり知られていない。(主観的状況判断)
・政府が拉致関連情報の放送枠を増やすように命令することを検討。
・政府が命令することに反対している人たちがいる。
僕はこの放送を聞いたことはなく、放送内容のリストすら見たことがないため*1、状況証拠のみで判断しているのだが、これまでNHKは言い訳程度にしか拉致問題を放送していなかったのではないだろうか。もちろん報道すべき内容は多く、その中で優先順位をつけて限られた放送時間内で放送しなければならないわけだから、誰もが満足できる放送内容はありえない。しかしNHK内部に北朝鮮シンパが存在し*2、彼らのサボタージュによって拉致問題の放送量が減らされているのであれば由々しき問題だ。
拉致問題は、現在の日本にとっては非常に重大な国際問題だ。問題は未解決で、被害者は拉致されたままで、あまつさえそれが原因の一つとなって戦争が勃発するかもしれない状況にある。政府から放送を委託されている放送局がこの問題を放送しないということはあってはならないし、たとえ政府と関係がなくても総合的な報道機関ならば*3絶対に見過ごしてはならないニュースだ。
さて、問題はこの命令が報道の自由を脅かしているかどうかだ。もしも報道の自由を脅かしているのならば、たとえ命令できるとした法律があったとしても、その法律が憲法違反となるため命令は実行されるべきではない。個別の法律よりも憲法のほうが優先する。
僕はこの問題は報道の自由をなんら脅かしていないと考えている。報道の自由とは「報道したくない内容を報道しない」自由ではなく、「報道したい内容を禁止されない」自由だ。今回の命令は「報道しろ」という命令であって「報道するな」という命令ではない。
「報道したい内容を禁止されない」という自由がどうして大事なのか。もしもこの自由を政府が制限できるとしたら、政府の失敗を国民が知ることができなくなる。政府の失敗を知らされていない国民は間違った情報に基いて政府を支持し続け、国家が崩壊するまで政府が好き放題することを許してしまうだろう。そういった国家の代表例が件の北朝鮮だ。
逆に「報道したくない内容を報道しない」自由はなぜ重要ではないのか。たとえばこの命令を受けた報道機関は報道したい内容を報道するリソースが足りなくなり、事実上「報道したい内容を禁止されない」自由を制限されるのではないか?しかしそれは深刻な社会問題になりえない。当該報道機関が報道できなくても、別の報道機関が報道することは可能だからだ。情報はアリの穴が一つあるだけで漏れ広がってしまうものなのだ。
 「報道したくない内容を報道しない」自由は言論の自由ではなく、編集権の行使という、企業活動の自由の問題である。言論の自由ほど金甌無欠でなければならない権利ではないが、行動の自由もまた社会の健全化のためには守られなければならない。政府が命令によってNHKの行動を制限することに異論を唱えることは、それなりに理が通っているように聞こえる。
しかしだ。政府はNHK海外放送の出資者の一人である。つまり政府はNHK海外放送の主体を構成する一員として主体の行動内容に口を挟む権利を持っている。逆に無関係な学者たち*4がNHK海外放送の行動に口を挟む権利のほうが存在しない。
次に公共の福祉という目的があれば行動の自由は制限されることを憲法はうたっている。拉致被害者の救出はあきらかに公共の福祉の目的に合致しているし、人命がかかっているため重大度も高い。そして公共の福祉の目的のために、NHK海外放送に命令する法律が制定されている。法律を行使するべき場面で法律を行使することは法治国家の義務だ*5。もちろん今回の事例でNHK海外放送が拉致問題に関する報道を十分に行っているのであれば、わざわざ命令する必要はないから命令できるという法律を適用する必要はない。
このように、屁理屈以外で今回の命令問題を憲法違反だとなじることはできないことは分かってもらえたかと思う。しかし僕は今回の命令に関して二つの不安を感じている。
一つ目は、これは報道内容の問題ではなく、NHKの人事問題ではないのかという不安だ。NHK内部に北朝鮮シンパが巣食っていることは公然の事実だが、今回の命令は彼らの暗躍を防ぐために行われたのではないだろうか。そうだとしたら、政府は放送内容の命令ではなく、NHKの人事に介入することを行うべきだった。違う目的を達成するために別の目的のふりをした行動を行うことは兵法の基本だが、政府はそれを行うべきではない。もしも政府がそのような韜晦を日常的に行うようになったとしたら国民は政府の言動をなんら信じることができなくなってしまうからだ。
今回、このような韜晦を政府が行った理由は、拉致被害者の生命が危急の状態に行われているからであってほしい。そしてこの命令が実行された後には、このようなごまかしに頼ることなく、正面からNHK内部の綱紀粛正を行ってほしい。
すでに述べたように政府はNHK海外放送の行動に口を挟む権利を持っている。しかしNHK本体には出資も運転資金の提供もしていない。だが税金の減免や受信料徴収に関する立法援助をしていることを考えると、NHKの所有者は国民であると言えるだろう。そして国民の代表するのが国会で、国会を代表するのが内閣総理大臣で、総理の手足が政府だ。ならば政府以外の何者がNHKの行動を左右させる権利を持っているだろうか。
ただし綱紀粛正の目的はNHKに不偏不党の放送を行わせることであって、レッドパージを行うことではないことを忘れてはならない。たとえ自他共に認める北朝鮮シンパでも、実際の仕事で不偏不党を貫く人物ならば番組のプロデューサーどころか会長であっても、レッドパージを理由に職を追われるべきではない。言論の自由も大事だが、内心の自由もまた憲法に書かれた人権の一つである。
二つ目は、このような「報道させたい内容を報道させる」政府の行動が、歴史的に多くの悲劇を産んできたという不安だ。日本では大本営発表が代表的な事件だが、中韓反日報道や、イギリスの政府報道から始まったホロコーストでっちあげなど、ほとんど全部と言っていいくらい多くの国で捏造報道が国家の指導のもとに行われ、それが原因で国家の行き先を危うくした。
二つ目の不安に関しては、現在の自民党はこの劇薬の扱い方を心得てるように感じられるのであまり心配をしていない。また、国民の側もこの劇薬の危険を十分に知っているので、たとえ政府が暴走しても止めることができるだろう。そして政府の暴走を止めるための武器、言論の自由を日本国民は有している。

*1:昨年の10月から拉致問題の放送は始まっているらしい。なぜ5年前から始めない?遅すぎるよ。

*2:悪名高き国際女性法廷(というような名前だったような気がする)の取材問題を聞くと、確実に北朝鮮シンパは存在すると思われる。問題はそれが国際放送部門の、しかも放送内容を左右できる立場に存在するかどうかだ。

*3:報道機関といってもいろいろある。例えば僕の父は繊維業界の新聞記者だが、その新聞が拉致問題などを報道していたら、逆に正気を疑うべきだろう。

*4:日本国籍を有するならば、政府の行動に口を挟む権利は当然持っている。

*5:オウム事件破防法を適用するべき場面だったのに適用しなった首相がいた。法律を恣意的適用していいとするならば、微罪でも死刑という法律を制定しておいて政敵だけに適用するという暗黒国家が作れてしまうことを認識するべきだ。そういった暗黒国家を作らないためには適用するべき法律は必ず適用するという原則を貫き続けなければならない。