トリガー直接知財 情報の取引 その5

・サドンデスのゲーム
無限も永遠もないことは経済学のルールの中でも特に重要なものだ。もちろん理論を立てる上では永遠を規定する場合もあるが、それがそのまま実際の世界に応用できないことは経済学者ならば誰でも心にとどめておかなければならないことだ。
第四次産業においてもこのルールは厳然として存在する。情報は特定の物質に依存しないことでより長い寿命を持つことができるが、情報を所有する主体は永遠には存続し得ない。また、物質に依存しないために変質・消滅のリスクは高くなっている。
そして情報の取引においてはさらに永遠や無限がありえなくなっている。ある情報を一度取引してしまえば、二度と同じ受信者に販売することはできなくなるからだ。情報の取引を続けるためには常に新しい情報を発信しなければならない。いつかは情報の生産が追いつかなくなったり、受信者がそれ以上の情報を必要としなくなる時期が来る。
この情報取引が終了する条件を列挙してみよう。
・発信するべき情報がなくなる
・受信者がこれ以上の受信を必要としない
・受信者の支払う対価が発信者の要求する額を下回る
・受信者の認識する情報の価値が発信者の要求する額を下回る
・情報の流通経路が消滅する

また、取引が終了する状況にもいくつかの種類がある。
・本当に突然終了するか、終了の前に終了のタイミングが判明するか
・今後再開する可能性が高いか低いか
・終了が予定された状態で、終了を延期させる努力が可能かどうか



ほとんどの状況において、発信者受信者ともに取引が終了しないことがそれぞれの利益になる。情報取引において信用できる取引相手を新たに見つけるためには大きなコストが必要になるし、その取引相手に自分を信用させるためにも大きなコストが必要だからだ。そのため発信者受信者ともに取引を継続させる努力を行い、終了が予定された場合にも終了を延期させる努力を行う。
しかし基本的には情報は有限な財であり、そこにはミクロ経済学の需要供給と価格決定のメカニズムが適用される。つまり取引される情報が増えるほどに発信者の生産性は逓増し、受信者の認識する情報に対する価値は逓減していく。その結果、発信者のコストと受信者の便益が釣り合うポイントで情報取引は終了することになる。
天気予報を例えばある一日で区切ったとしたら、コストの逓増・便益の逓減という法則が現出する。天気を予報する地域や時間帯を細かくすればするほどコストはかかり、受信者はある程度の細かさ以上の予報は必要としなくなる。予報者が降水量を1ミリ単位で予報することは、それに価値を見出す受信者が極端に少なく*1、従って得られる対価が少ないために行われないだろう。
だが時間の概念を適用した場合、実際のトリガー直接知財は無限の財となりうる。
何年間天気予報を発信し続けようが、今日の天気はまったく新しいトリガー直接知財であり、明日の天気はまた別の新しいトリガー直接知財である。発信者が天気予報というトリガー直接知財を生産するのにかかるコストも逓増せず、受信者の認識する価値も逓減しない。
この現象はもちろん天気予報だけではなく、ほとんどのトリガー直接知財に適用される。円ドル為替相場日経平均株価・昨日の売上総額・今日行うべき業務内容・毎朝の起きる時間。たとえそれが昨日と同じ内容だったとしてもそれは別のトリガー直接知財である。受信者はこれらの情報を毎日新たに必要とし、信用できる発信者からできるだけ低コストで入手したいと考えている。
しかし実はこの無限に見えるトリガー直接知財も便益逓減の法則からは完全には逃れることができない。その原因は受信者が自律機械であることから発生している。
自律機械である受信者は実際の天気という自然由来のトリガー直接知財と取引した天気予報というトリガー直接知財をその内部に取り込み、自律機械内部で蓄積情報から間接知財を生産する。その間接知財が十分に発達すると、空模様を見るだけで明日の天気が分かるようになるだろう。そうなるとわざわざ対価を支払って天気予報というトリガー直接知財を購入する必要がなくなる。
ただしこの間接知財を生産するためには受信者はかなり大きなコストを支払わなければならないだろう。そしてそうやって作り出された間接知財を利用した天気予報も、プロが作り出す天気予報と比べると精度も情報量も劣っていることだろう。しかし、自分が作った天気予報に感じる価値とプロが作った天気予報に感じる価値を比べた場合に、その差額が支払う対価よりも大きいと感じたならば、情報取引を続けることになる。また、精密な間接知財を作るのにかかるコストと、一生の間に天気予報を購入し続ける対価の総額を比べた場合に前者のほうが大きいと感じたならば、わざわざ間接知財を身につけることをしないだろう*2
しかしこの間接知財の生産が割に合う場合も多い。前回に例に挙げた合弁企業の場合はこの間接知財の生産が割に合う場合の典型である。もしこの間接知財を手に入れたならば、受信者は情報取引の相手をより信用できる相手、つまり受信者自身に切り替えてしまうだろう。それに対抗するためには、発信者はより質の高い情報をより低い対価で提供しなければならなくなる。

*1:地方自治体の水道局などは、水源管理の目的でこの情報をありがたがるかもしれない。

*2:一生というとすごく大きな量に感じられるが、気象予報士になれるほどの知識を身につけるのに数年以上の努力が必要なことを考えると、一生を搾取され続けることのほうが十分に割に合う。天気予報の対価は非常に小さいために、多分、一生が一万年くらいにならなければ割に合わないだろう。
天気予報に限った話ではなく、人間の一生がかなり短いものだという認識は常に持っておくべきだ。