トリガー直接知財 情報の取引 その10

その10って、どこまでつづくんだろう・・・


発信を目的とした情報取引


ここまで見てきた情報取引は基本的に受信者が情報を得たいということが前提になってきた。しかし受信者はその情報が欲しいとは思っていないのに発信者が情報を発信することを欲し、発信者が対価を支払うことで受信者に情報を受信させる形の取引も存在する。その代表が広告や各種命令だ。
発信者はなぜコストを支払ってまで受信者に情報を受信させたいのだろうか。物質財であれば負の効用をもたらすもの、例えば産業廃棄物などを費用を払って引き取ってもらうことがある。しかし情報の場合、相手に情報を発信しても発信者の内部からその情報が消え去るわけではない。逆に発信者が情報を捨て去りたいと思えば、誰はばかることなく消去したり忘れたり無視したりすればいいのだ。物質財と違って情報は廃棄物などを発生させずに消し去ることが可能だ。
・受信者に発信者が意図した行動をとらせる
受信者はトリガー直接知財を受信することで行動を決定する。それを逆に捉えると、受信させるトリガー直接知財を調整することで発信者の望む行動を受信者に取らせることができる。
正確には意図した行動だけが目的ではない。発信者の利益がより向上する、つまり意図した以上の行動を発信者は受信者に期待することがある。この場合には受信者の行動の具体的な中身は問われない。
・受信者に情報を蓄積させる
これも受信者に蓄積という行動をとらせているだけだという解釈もできるのだが、蓄積した情報が後日に利用されるかどうかは重要視されない場合に、この目的のために発信されたと分類するべきだろう。
例として芸術家やストリーキングが挙げられる。
・発信したという事実を残すため
ここまで来ると受信者が情報を無視してしまってもかまわなくなる。場合によっては無視してくれることを目的としている場合もある。
官報などでは、官報が発表された時点で国民全員がその内容を知っているとみなされるが、政府はほとんどの国民が官報の内容を無視どころか受信すらしていない状況を知っている。しかしそれでもコストをかけて官報は発表されている。


この取引には二つの困難な問題がある。一つ目は受信者に受信という行動を起こさせることが難しいことだ。ただし、この問題点はコストをかけさえすれば確実に実行することができる。なんらかの強制力で受信者を拘束し、その耳に情報を注ぎ込めばいい。発信者に発信を強制させることは不可能だが、受信者に受信を強制させることは可能なのだ。
しかしこの取引の目的は実は受信者の受信ではない。真の目的はトリガー直接知財を受信した受信者が発信者の望む行動を起こすことである。だが受信者は自律機械であるため、こちらが入力した行動を必ずしもとってくれない。それどころか受信した情報を無視したり蓄積したりして、何らかの行動にすら結びつかないことも考えられる。そして発信者に発信を強制できなかったことと同様に、受信者に行動を強制することはできない。これが二番目の問題点だ。
この二番目の問題点は受信者が取引を望んだときのモデルで発信者に発信を強制できなかったことに似ている。そのモデルでは取引における有利な条件を持ったプレイヤーは受信者のほうだったが、発信者が決定的な能力を持っていたために受信者がゲームの成立に大きな努力を払う必要があった。今回のモデルではまったく逆に受信者が決定的な能力を持っているために、発信者がゲームの成立に大きな努力を支払わなければならない。
そして今回のモデルにおいても信用醸成は重要な位置を占めている。受信者は発信者を信用しなければ、与えられた情報をトリガーとして行動を開始することを躊躇するだろう。そして信用醸成を高めるためには繰り返しゲームが有効な手段であることも同様である。
ただし信用醸成という言葉の美しい響きに惑わされてはならない。例えば二人の人質を誘拐した犯人が身代金の要求を押し通すためには、人質の一人を殺して自分の断固たる意思を警察に信じさせるようなこともまた信用醸成だからだ。受信者主導のモデルでは信用醸成はどちらかというと相手の人間性を信じる場面が多かったが、発信者主導のモデルでは「冷たい方程式*1」を信じさせる場面が多くなる。

*1:「冷たい方程式」トム・ゴドウィン著。SF短編小説の古典。宇宙船に密航した少女を真空の宇宙に船外投棄して殺さざるをえなくなる話。宇宙船の速度・燃料・所要時間・重量などの変数を方程式で解いたときに、「少女を殺す」解しか存在しないという悲劇。経済学も大部分がこの冷たい方程式で構成されているため、社会学者などから経済学者が人間的に非難されることがよくある。