トリガー直接知財 情報の取引 その11

発信者の意図した行動を受信者にとらせる


他人を思い通りに動かしたい。これは普通の願望だが、実は普通の願望ではない。正しい願望は「他人を自分の利益になるように行動させたい」だ。自分に無関係な行動を他人にとらせたところで、自分の効用にはなんら影響はないのだ。
「そんなことはない、他人が幸せになることは自分の幸せだ」とか、「他人が不幸になるのを見るのは楽しい」とか言う人がいる。その通りだ。それはそれで人間の持つ普通の願望で、当然効用は増加する。しかしその場合の他人は、まったくの他人ではなく自分の一部である。
家族や友人、仕事の関係者、同じ地域に住む人、同じ国に住む人、同じ地球に住む人。これら自分の関係者が幸せになることは、関係の度合いの分だけ自分が幸せになることと同義だ。文学的に魂を共有していると言ってもいいし、ドーキンス的に遺伝子を共有していると言ってもいいし、会計学的に連結決算の対象だと言ってもいい。
逆に不幸を願う対象も、自分にとってまったく無関係な人間ではない。今の自分か、過去もしくは未来の自分に不利益をもたらす人間ならば、その報復が達成できることはルサンチマンの解消になるわけで自分の効用に繋がる。変な言い方だが、「負の自分」として自分自身の連結決算の対象なのだ。
このように他人を思い通りに動かすことが自分の効用になると確認した上で、そのコストとメリットを確認してみよう。他人を行動させるためには、その行動のトリガーとなる情報を発信するというコストを支払い、さらにその対象に対価を支払わなければならない。そのコストを直接自分自身の効用の増加のために使うよりも、他人という不確実な自律機械に投資するほうがより大きな効用になると信じるからこのような回りくどい方法をとるのだ。
まずメリットのほうから見てみよう。
・受信者の資産を利用する
受信者の資産は受信者しか直接利用できない。それを利用するためには受信者に行動させなければならない。受信者の持つ金銭で発信者の商品を購入させたり、買い物に行くために受信者の自動車を貸してもらったり、受信者に教祖(もしくは政治家など)である発信者に寄付させたり、自発的に同意させる必要がある。これは強制力で受信者の同意を得ずに行うこともできなくはないが、大概の場合は犯罪行為となってしまう。
・受信者の能力を利用する
発信者には能力的にできない行為を、受信者が行うことができる場合、その効用に見合うなんらかの対価を支払うことは合理的な行動だ。ビジネスの世界では普通に見られる現象だし、家庭でも妻が夫に力仕事を頼むなど普通に見られる現象だ。他にも遠い地域にいる受信者になんらかの行動を代理してもらうこともある。これらは次に述べる「受信者の時間を利用する」と多くの部分で一致する。
・受信者の時間を利用する
わざわざ受信者に行動させなくても発信者が自分自身で行える行動を依頼する場合もある。自分でそれを行うのに必要な時間よりも受信者に支払う対価のほうが小さいと感じるならばこれも合理的な行動だ。特にビジネスの雇用関係が典型的だ。
・受信者と利益共同体である
直接発信者の利益にならないのに発信者が主体的に情報を発信することはよく見られる現象だ。例えば母親が子供に毎朝起きる時間を告げるのは、きちんと起きることが子供の利益になることを信じているからだ。そして子供の利益は母親の幸せとなるわけだ。もちろん負の人間関係では逆方向でこの現象が発生する。


次にコストを見てみよう。コストは四種類存在する。
・発信にかかる費用
発信者の意図しない発信以外では、たとえ受信者が積極的に受信したいと考えている場合でもトリガー直接知財の発信にはコストが必要だ。特に受信者がその情報の受信に価値を見出していない場合は情報の受発信にかかるコストのほとんどすべてを発信者が負担しなければならないこともある。
・行動に対する対価
多くの場合は対価を提示して、受信者にその対価と受信者の行動を天秤にかけさせることとなる。その取引条件の提示こそが発信者が発信したいトリガー直接知財である。そのため、発信者は情報の発信コストの次に対価の支払いをしなければならない。もちろん受信者が発信者の望む行動を起こさない場合はこの対価を支払う必要はない。
・信用醸成コスト
トリガー直接知財の効果を高めるためには受信者に発信者を信用させなければならない。国際政治などの駆け引きの世界では信じさせないことでトリガー直接知財の効果を高める場合などもあるが、基本的には受信者に発信者を信用させることで、受信者に情報の価値を信じさせることができる。
また、受信者に錯誤を起こさせてその錯誤の結果の行動を発信者が願っている場合は、発信者は錯誤を起こさせるためのコストを払わなければならない。詐欺犯罪におけるいわゆる「仕込み」のこすとである。
・行動が起きないリスク
受信者は自律機械であるため、発信者がどれだけ完璧な情報流通を成し遂げても受信者が行動を起こしてくれない可能性がある。逆にわざわざ情報を発信しなくても受信者が行動を起こしてくれていた可能性もある。


こういった成果が不確実な取引の場合、二つの極端なトレードオフの戦略が浮き上がってくる。実現可能性は低いが実現した場合の成果が大きいもの(ハイリスクハイリターン)と実現可能性が高い代わりに成果が小さいもの(ローリスクローリターン)だ。そして多くの場合、リスクとリターンを組み合わせたポートフォリオ戦略を採ることが最適解となるだろう。