トリガー直接知財 情報の取引 その12

発信者の意図した行動を受信者にとらせるために


発信者の意図した行動を受信者にとらせる目的でのトリガー直接知財はさらに二種類に分けられる。
発信者の意図している内容を受信者に理解させるかどうかだ。もちろん受信者に受信させることに失敗したり受信者が受信した内容を無視した場合には、受信者に理解させるのは無理な話だから除外しておく。あくまでも発信者がどのようにしようと望んだかという主観がここでは問題になる。


・発信者の意図を受信者に理解させる
ここで発信される内容はほとんどの場合、受信者にとって取引の提案である。このトリガー直接知財を受信した受信者は、その行動をとることが自分にとって得かどうかを判断し、その判断に従って行動する。受信者は決して自分が損になる行動を主体的には行わない。
ただしこの取引の相手が発信者とは限らない。避難命令などは取引相手は自然になるし、発信者とまったく関係ない主体との取引もあるだろう。取引が成立することが発信者の利益になればそれでいいのだ。しかし受信者が行動を起こすことが損だと感じるとき、つまりこの取引の提案を受信者が断るときに発信者の意図を完遂するためには、発信者が取引に介入する必要が出てくる。
例えば母親が子供に起きるべき時間を発信するとき、子供が取引をする相手は学校である。遅刻した場合、その子供は学校から教育サービスを十分に受け取ることができず、それを避けるために時間通りに起きるという選択をする。しかし彼が学校教育のサービスに十分な価値を見出していなかったり、朝の心地よい睡眠に過大な価値を見出していた場合は彼は起きないという選択をしてしまうだろう。だが母親にとっては子供が十分な教育を受けて幸せな人生を歩むことが彼女の幸せである。そこで彼女は彼の取引に介入することを決意するだろう。「一ヶ月間無遅刻だとお小遣いアップね」という効用の提案をしたり、「起きないとぶったたくわよ」と負の効用を提案したりする。
もちろん取引の相手が最初から発信者である場合も多い。「今ならこの商品を安く売りますよ」とか「言うことを聞けば殺さないでおいてやる」などだ。
この取引を成功させるための鍵はどれだけ正確に取引の内容を受信者に理解させるか、そしてそれが真実であると信じさせるかだ。逆に言うと受信者はその取引に正の効用を感じれば、そして発信された情報を信じるならば行動を起こすだろう。
受信者が情報を信じるためには、必ずしも受信者が発信者を信用する必要はない。受信者主体の情報取引では、情報の内容が不明であるために受信者は発信者を信用しなければ取引が行えなかったのだが、この場合はすでに情報は発信されているからだ。受信者はあくまでも受信した情報のみを信用すればいいだけだ。
受信した情報を信用するためには二つの方法がある。受信者が独自に情報の真偽を確かめることと、発信者そのものを信じることだ。どれだけ発信者が信用置けない人物だったとしても受信した情報を信用することはできるし、どれだけ突拍子もない情報であってもそれが信用できる人物が発した言葉なら信用することができる。もちろんほとんどの場合はこの二つの方法を複合的に用い、それなりに信用できる発信者からのそれなりに本当っぽい情報を信用することになるだろう。
このように信用醸成コストは受信者主体の情報取引に比べて小さくてすむわけだが、それはこの発信者主体の情報取引が効率的であることを指し示しているわけではない。情報取引終了後の発信者と受信者の取引において発信者が対価を支払わなければならないからだ。この対価の内容によってはこの取引の包括的な社会的効用は、受信者主体のものに比べて小さくなることもある。


・発信者の意図を受信者に理解させない
この情報取引は受信者が自律機械であることを前提に行われる。自律機械が入力された内容と違う行動をとることを期待した取引だからだ。
例えばある天邪鬼な人がいて、その人物にこちらの意図する行動をとらせたい場合、まったく正反対の依頼をすることでその意図を成功させられることがある。しかし彼にこちらの意図が知られてしまうと、彼はわざとこちらの依頼どおりに、つまりは意図と正反対の行動をとるだろう。
この方式の取引は悪意を持った誘導に使われることが多いが、通常の善意に基いた関係でも使われることも多い。
例えばどれだけ注意しても、毎朝5分だけ学校に遅刻してしまう子供の母親は、子供に5分だけ早い時間を伝えるようになるだろう。子供は母親にまんまとだまされて、いつもより5分早くに家を出てぎりぎり遅刻を免れる。そして一週間もするとその子供は学習して、また5分遅くに起きるようになってしまう。
この寓話からこの情報取引に関しての性質が以下のように読み取れる。。
・発信者の利得表と受信者の利得表がずれている
もともと子供の利得表はあるべき姿より5分ずれた状態がもっとも効用が高かった。母親の考える合理的な利得表からずれていたのだ。しかしどのような客観的な合理も他人を動かすことはできない。人を本当に動かせるものは、その本人が信じる利得表のみなのだ。
原理的にはすべての主体の利得表はそれぞれ違っていて、完全に同一のものなど存在しないと言っていい。だからこそ世界は多様性を手に入れ、取引が促進され、文明は発達するのだ。しかし人間の理性や文化的価値観などから、それぞれの利得表はだいたい似たようなものになり、ほとんどの取引のにおいてほぼ同一のものを所持していると仮定することができる。
だが、この情報取引の場合は利得表がずれていなければ成立し得ない。そもそも利得表がずれていないのであれば通常の情報取引をすればいいのだ。信用醸成コストを考慮するとそのほうが安上がりだ。この例では利得表がずれていたから、それに対処するためにこの情報取引が用いられたのだが、他人を意図どおりに動かすためにわざと間違った利得表を教え込む場合も出てくるだろう。
・信用醸成コストが高い
情報取引はほとんどの場合、繰り返しのゲームである。自分の利得表では損になる行動をとらされていると感じた場合、受信者は発信者との信用醸成関係を見直すことを考え始めるだろう。このように信用醸成が損なわれることはすなわち、信用醸成という資産が目減りすることであり、減価償却費に似た費用が発生していると考えるべきだ。
また一回きりの取引だとしても、信用醸成コストは通常の取引と比べて高いものにつく。発信者の意図を受信者に理解させる情報取引での信用醸成コストが低かったのは、受信者が独自に客観的な情報を取得できる状況があったからだ。しかしこの情報取引においては、受信者が勝手に情報を取得する状況は発信者の利益にならない。そのため発信者は受信者が独自に情報を取得することを妨害しようとするかもしれない。もしくは受信者が(発信者に有利なように)歪曲された情報を取得するように仕向けるかもしれない。
情報収集を妨害された受信者に発信者を信用させるためには、発信者がより多くの信用醸成コストを支払う必要がある。受信者に歪曲された情報を収集させた場合には、受信者は発信者により多くの信用醸成コストを要求したりはしないが、発信者側から見れば、歪曲された情報を収集させるように仕向けた努力は信用醸成コストの一部なのだ。


この取引は道徳的にあまりいいものではないように見えるが、本当は悪いことばかりではない。
母親に5分早く起こされて遅刻を免れた子供は、遅刻しないことが5分間の貴重な睡眠よりも多くの利益になることに気づくかもしれない。そうすれば翌日からわざと5分間をだまされたまま早起きを続けるだろう。
この取引を使うことにより、このようにいわば食わず嫌いで作られていた利得表を矯正することが可能になる。これは相互理解だけが正しいとした道徳観では達成できない効果だ。つまり「嘘も方便」なのだ。