ノウハウ直接知財 ノウハウ直接知財の取引 その2

情報取引と効用の発生の時間が大きく違う


ノウハウ直接知財による効用
「効用とは何ぞや?」という話を始めると最終的には不可知論になりかねない。他人の心の内面は完璧に知ることはできないし、自分の心の内面だってたいていの場合は正確には分からないものだからだ。効用が存在するのはほぼ確かだが、そして効用が存在しなければ経済学そのものが成り立たないのだが、その性質は言葉の定義によって大きく変化せざるをえない。ここでは効用論の内容には大きく踏み込まず、定義ごとに論じていきたい。
ノウハウ直接知財の効用は2種類の定義が可能だ。ひとつ目は、そのノウハウ直接知財を使用することで得られる効用である。これは唯効用論原理主義的な定義だ。使用されなかったノウハウ直接知財は、金庫の中にしまいこまれた金塊と同じく無価値であるという考え方だ。
二つ目は会計学的な定義で、ノウハウ直接知財を主体内に蓄積した時点で無形資産が形成されるという考え方だ。そして主体はこの無形資産を使用して実際の効用を発生させることになる。
「1+1=2」と「量子力学における波動関数の計算方法」の二つのノウハウ直接知財の資産価値をこの二つの定義で計算してみよう。この二つの示しているものはそれぞれ「非常に基本的な知識でこれがないと社会生活どころか原始生活すらほぼ不可能」と「21世紀の科学技術の根幹を成す知識*1であるが、実際にこの知識を使用する人間は少数しか必要とされない」である。


唯効用論的効用量
「1+1=2」の生み出す効用は計算不可能なほどに大きい。そして死ぬ直前までこのノウハウ直接知財は効用を生み出し続けるため、一生が終わってからでないとその効用量は確定できない。
波動関数」の生み出す効用は多くの人にとってゼロである。物理専攻の学生はこのノウハウ直接知財を大きなコストを支払って受信するだろうが、そのうちの大部分はこのノウハウ直接知財を活かす職業に就くことはないだろう。運良くこの専門知識を必要とする職業に就いたとしても、「1+1=2」のほうが彼にとってより大きな効用を生み出すはずである。


会計学的資産価値
「1+1=2」の取得原価はほぼゼロであり、世界中の人類がこの資産を所有しているので取引価値もゼロである。
波動関数」の取得原価は非常に大きい。このノウハウ直接知財を受信するためには数年間の人生を費やさなければならない。さらにこのノウハウ直接知財を作り出すためにどれだけの失敗に終わった研究があったことだろうか。非常に歩留まりが悪い環境で完成までこぎつけたこのノウハウ直接知財の生産原価は莫大なものと言えるだろう。
そして非常に少数の人間しかこの資産を所有していないために取引価値も大きくなる。21世紀の先端科学は量子力学なしに成り立たないために貨幣ベースで見た経済価値は計算不可能に近いほど大きくなるだろう。


信用醸成の罠
上記の二つの方法では効用の算定額に両極端な結果が出ることが分かってもらえたと思う。結局はトリガー直接知財の効用の算定額と同じで、いや、どんな財・サービスとも同じで、実際の効用・取引価格は消費者の内面に大きく左右されてしまうしかない。
それでもなんとなくの効用・取引価格は推定できる。どうやればできるのかよく分からないが、できると見なければ今日の経済社会が成り立つわけがない。
実際は後者の会計学的な資産価値に基いて取引価格が推定されることになるだろう。しかし情報取引の性質上、この情報の資産価値はガセかもしれないというリスクが付きまとう。ガセだったときのリスク回避方法として、トリガー直接知財においてはその情報が効用を発揮したときにその効用に応じて対価を支払うという信用醸成手段が用意されていた。しかしノウハウ直接知財の場合はこの方法の適用が難しい。
「1+1=2」はどの時点までの効用を計算対象にするかという問題が発生する。また応用範囲が広すぎるために、発生した効用のうちのどれだけがこのノウハウ直接知財の成果であるのかがはっきりとしない。
逆に「波動関数」は実際に効用を発揮できる場面が到来するかどうかが不明である。たとえ発揮したとしても、数年どころか数十年先の話になるかもしれない。そんな先まで対価の支払いを待ってくれと受信者が主張するのならば、発信者はそんな取引条件は馬鹿らしいと感じるだろう。
結局のところ、効用の発生量・効用の発生確率から取引額を推定するしかなくなる。しかし信用醸成のためにはこの推定額に関して、発信者受信者双方の推定額が大きく違わないものにならなければならない。そのためには取引額の推定に合理的な根拠が必要になる。そしてもっとも説得力のある合理的な根拠とは実績である。
だが実績を根拠とする信用醸成は信用醸成の罠にはまる。画期的な情報を取引するための信用醸成を行うことができないのだ。信用醸成が低い状態で取引を成立させるために発信者は取引価格のダンピングを行わざるを得ない。安くてもいいからとにかく取引を成立させなければ収入が発生しないからだ。そして信用醸成を高められるほどに実績ができたころには、そのノウハウ直接知財が市場に大量に流通するようになっており、それが取引価格を低下させることになってしまう。
蛇足ではあるが、例にあげた「波動関数」は本当に莫大な価値を生み出すノウハウ直接知財だが、しかしその発見者がその価値に見合う報酬を得ることができないのはこの信用醸成の罠によるものが大きい。現実世界で大きな報酬を得たいと思う人間はこういった「3歩先の世界」を研究するのではなく、信用醸成の罠にはまりにくい半歩先の知識を開発するべきだろう。

*1:たぶん22世紀になるころには新しい物理法則が発見されて量子力学に取って代わるだろう。場合によっては量子力学そのものが完全に間違いであるとされてしまうかもしれない。実際、我々に馴染み深いニュートン力学も「光速と比べて非常に遅い速度で運動する物体において近似的な解が得られる」が正しい物理法則ではない。今のところ物体の運動において正しいのは相対性理論であり、例えばカーナビ等でなじみの深いGPSは相対性理論でなければ正常に運用できない。