ノウハウ直接知財 ノウハウ直接知財の取引 その5

同じ情報を陳腐化させずに大量に発信できる
ここまで述べてきた理由によりノウハウ直接知財の受信コストが大きいことを理解してもらえたと思う。そしてこの高コストにより表題の「同じ情報を陳腐化させずに大量に発信できる」という特徴が浮かび上がってくる。
そもそもなぜ同じ情報を大量に発信すると陳腐化、すなわち情報の取引価値の低下が起きていたのだろうか。もちろんミクロ経済学の理論上、当たり前の現象なのだが、情報財の場合にはさらに受信者が同じ情報を再発信できるという性質のためにネズミ算式に情報の流通量が増えていたのだ。
しかしノウハウ直接知財ではこの海賊行為に歯止めがかかる。
第一の関門は最初の取引にある。発信者が発信した回数のすべてを受信者が受信に成功するわけではないことだ。受信者の一部分は受信コストを支払いきれずに、もしくは受信情報を劣化させすぎてノウハウ直接知財を主体内に間接知財化できない。これは受信におけるハードルである。
次に間接知財化に成功したとしても、そこからノウハウ直接知財を生成する能力を受信者が有しているとは限らないからだ。そしてノウハウ直接知財を生成する能力を持っていたとしても、その行為には当然にコストがかかる。これはトリガー直接知財のときのように自動機械で再発信するわけではないため、自律機械の高い稼動コストが必要だ。これは二次発信におけるハードルだ。
しかし直接知財はデッドコピーを自動機械で複製することができ、発信者は自身がそれを間接知財化できなくても再発信することはできる。しかしデッドコピーを受信した二次受信者は二次発信者からインタラクティブな取引を提供してもらえないために、受信コストが増大し、受信失敗のリスクも増大する。一時受信者の心的能力が一時発信者のそれに比べて非常に高い場合などを除き、これは「受信におけるハードル」よりも高いハードルになる。これは二次受信におけるハードルだ。
二次受信者はこの二次受信におけるハードルを嫌って、一次発信者からの受信を希望することになるだろう。そのためノウハウ直接知財は情報財でありながら、物質財に近いレベルでしか大量発信による陳腐化の影響を受けずにすむ。受信コストが非常に大きいノウハウ直接知財ならば物質財よりも陳腐化が起こりにくいこともありうるだろう。
ただしこれは受信コストが大きいノウハウ直接知財での特徴であり、「1+1=2」のように受信コストが小さいノウハウ直接知財ではこの特徴はほとんど消えうせてしまう。そして多くのイノベーションコロンブスの卵のように発想の転換によって作られているものなので、このハードルの恩恵を受けにくいものだということは認識しておくべきだろう。
また一次受信者がノウハウ直接知財からの間接知財化に成功しているのならば、間接知財からノウハウ直接知財を生成する能力に欠けていても、そこに関してはデッドコピーを流用するという抜け道が使える。これを回避するためにはデッドコピーを生成されにくい直接知財(フェイストゥフェイスでの直接直接知財など)を使うなどの方法がある。しかし、デッドコピーを生成しにくいという特徴は一次発信者をも拘束してしまい、発信に関する限界費用が大きくなって大量発信が困難になる。


ライフサイクルからの需要
完全に社会に行き渡った間接知財であっても、常にそれを習得したいと需要する主体が社会に流入してくる。その多くは子供や若者である。これら新規参入者たちは人間が人間である限り常に存在し、彼らは既存の社会で生きるための知識を必要とする。またすでに常識間接知財を習得していた主体も、主体内で情報の劣化(忘却や勘違い)が不可避なため、一定の需要を発生させるだろう。
このため、どれだけ陳腐化したノウハウ直接知財であっても、その取引価値はゼロにはならない。「1+1=2」というノウハウ直接知財であってもそれを教えて欲しいと願う人間が日本で毎年百万人強、誕生している。
しかしもちろん、今の世の中に必要とされなくなったために取引価値がゼロとなったノウハウ直接知財は大量に存在する。「鎌倉時代の地頭と面会するときの作法」などは誰も習得したいとは考えない(娯楽直接知財としての需要はあるかもしれない)。このように取引価値が消滅するのは需要が消滅するときであって、供給が行き渡ったときではないのだ。


取引価値への影響
このように陳腐化による取引価値の減少がある程度防げるということは、ノウハウ直接知財の発信者にとって取引利益を大きく伸ばすことができる可能性を示唆している。だが、実際の世界はそれほど甘いものではない。前回まで述べたノウハウ直接知財の特徴のほとんどは、取引価値を減少させる要因だったからだ。
一般的に取引価値が高いノウハウ直接知財ほど、つまりは流通量が少ないために信用醸成の罠にはまりやすい。流通量が増えても需要される価値が高いノウハウ直接知財も、二次発信のハードルが低ければ海賊版に悩まされることになり、二次発信におけるハードルが高い場合はほとんどの場合に受信におけるハードルも高いために取引価値は高くならない。
結局のところ大量流通されたノウハウ直接知財は、海賊版と受信におけるハードルの低さで競争することになり、受信におけるハードルが低くなれば海賊版がさらに増えるという悪循環が発生することになるだろう。ただしこの悪循環はあくまでも発信者の利益という観点からのもので、社会全体から見れば市場競争による社会的効用の増加となる。