娯楽直接知財 その2

効用の発生源
「宝くじが当たりました」という情報は娯楽直接知財なのだろうか。
小説の一文にこの言葉があったときと、実際に当選していて売り場の窓口で聞いたときの喜びには大きな違いがあるだろう。そして前者では言葉そのものに効用を感じたのだが、後者では効用を感じているのは宝くじが当たったという事実に対してである。後者ではこの言葉そのものは受信者に効用をもたらしていない。しかしこの情報を受信しなければ受信者は効用を感じることはできなかった。
後者を「自分の効用が増大したことに満足するという行動を誘発するトリガー直接知財」と解釈することも可能だろう。しかしあまりに原理的に解釈し始めると前者すらも「効用を感じるという行動を誘発するトリガー直接知財」になってしまう。所詮これらの直接知財の効用面からの分類は便宜的なものに過ぎず、論者によってどのようにも解釈できるものだということは忘れてはならない。
だがここでは後者をトリガー直接知財として分類したい。そうしないと「宝くじが外れました」という情報の解釈に困ってしまうからだ。ただし受信すると負の効用が発生するからといって、それを娯楽直接知財ではないとする理由にはならない。スプラッタ映画を見て気分が悪くなることもあるからだ。情報は受信してからでなければその効用を知ることはできず、直接知財の分類を決めるのはその受信目的によるものなのだ。
その分類を決める理論を見極めるために、さらなる微妙な例を見てみよう。
1.あなたの子供が無事生まれました。
2.あなたの生き別れの兄は元気です。
3.テロでアメリカが大ダメージを受けました。(アメリカが大嫌いな人が受信)
4.明治政府は近代日本の礎を作りました。
5.遠い国で奇妙な殺人事件が起きました。
1と2はトリガー直接知財でいいだろう。両方とも発生した事実そのものが受信者の効用である。1は受信者の行動に直接影響を与えるトリガー直接知財であるし、2も即座に行動に反映されることはないかもしれないが、主体内に蓄積され後日の行動を惹起するトリガー直接知財として機能する。
逆に4と5は娯楽直接知財と見るべきだろう。発生した事実は受信者の効用にはほとんど影響しない。厳密に言えば明治政府が日本を植民地化の運命から防いでくれたおかげで我々は現在日本の先進国文明を享受できているのだが、実際のところこの事実に関する知識があろうがなかろうが、我々はこの幸せな日々を生きることができている。5も地球人類を大きな共同体と見れば、殺人事件が起きたことで構成員一人一人が応分の損失を被ることになるのだが、あまりにも薄まりすぎてほとんど無意味である。
4と5を知ることで我々は知的好奇心を刺激され効用を感じている。殺人事件を聞くことで効用を感じるのは不謹慎だが、それが人間だ。
3は微妙なところだ。「アメリカ大嫌い共同体」にとってアメリカがダメージを受けることは効用になる。そしてその共同体の構成員は応分の利益を得るだろう。さらに構成員はその事実を知ることで何らかの行動を起こすかもしれない。ならばトリガー直接知財として機能していると言えるのではないか。
それでも僕は3は「アメリカ大嫌い共同体」の構成員にとっては娯楽直接知財だと解釈したい。構成員にとっては3の事実は4や5と同じように直接の効用をほとんど発揮していないと考えるからだ。構成員にとって一番の効用をもたらしているのは、その情報を聞いたことそのものだと思う。この論理の状況証拠は、彼らは旅客機がビルに突っ込む映像を何度も見ることを好み、そのたびに効用を感じることだ。もしもこれがトリガー直接知財であるならば一度だけ受信すれば効用が満たされることに対して、何度受信しても効用を発揮することは娯楽直接知財の重要な特徴だからだ。
ただし「アメリカ大嫌い共同体」を一つの主体としてみるならば、この主体にとっては3はトリガー直接知財であると解釈したい。この共同体にとっては3の事実そのものが効用であるし、それによって共同体の行動が左右される可能性は高いからだ。


こういった境界例の分類から娯楽直接知財を他の直接知財から分類する特徴を抜き出してみよう。
効用が主に受信することから発生する
受信した情報の元になる事実よりも受信した内容から大きな効用を得ること。極端なことを言うと、トリガー直接知財として分類される境界例は受信する前から受信者に効用を発揮していた。
受信した内容と惹起される行動との因果関係が弱い
人間は自律機械だから受信情報と行動との因果関係などなくてもかまわない。しかしあまりにも無関係な場合は、その情報がトリガー直接知財ではなくノウハウ直接知財として自律機械内部に間接知財を形成し、その間接知財を基に自律機械が行動を起こしたと見るべきだろう。例えば5の情報を受信した人間が同様の事件に巻き込まれないように行動することは、彼がこの情報をノウハウ直接知財として受信したと見るのが普通の感覚だ。
何度受信しても効用が得られる
トリガー直接知財は受信者が行動を決定するために受信するのだから、何度受信しても効用は増進しない。しかし娯楽直接知財は受信そのものが効用を発揮するために、同じ情報でも受信ごとに(逓減するだろうが)効用を発揮する。もちろん1や2でも何度も受信しても効用を得られることは考えられる。しかしこれは2回目以降は娯楽直接知財として受信していると見るべきで、最初の受信とは質的に大きく異なる。